
浜松から静岡へ移動する途中に寄ったのが、有名な諏訪原城。 丸馬出で有名なこのお城に一度来てみたかったんです。 昨年拝聴したT先生の講演や、最近出た西股総生さん・萩原さちこさんの『超入門山城へGO!』でも触れられていましたが、この諏訪原城の丸馬出、武田の城の典型例とされていたのですが、近年の発掘調査で後の徳川氏の時代のものと考えられるようになりました。 ただ異論もあるようで、いま日本の中でもホットなお城の一つとなっています。 そんな諏訪原城跡ですが、中世城郭初心者のわたし(中世のお城よりも古代のお城の方が行った数が多い……要するに経験値ほぼゼロ)が、パッと一人で行って理解できるのか不安でした。 が、 最初の三の曲輪馬出を見て、不安は吹っ飛びました。 すげー。

1枚目の写真は、三の曲輪馬出とその周りをめぐる空堀を東から見たところ。 こちらの2枚目の写真は、西から見たところです。 こんなにしっかりとした堀が残ってるんですね。

こちらは、三の曲輪と馬出をつなぐ土橋。 写真奥が馬出です。

こちらは、その土橋から見た三の曲輪の外側をめぐる空堀。 すごいスケールです。 特に外側の方の壁が垂直に近くて、絶壁です。 いつも発掘現場などで、土砂で埋まった状態のゆるい堀「跡」しか見たことがないので、このようなしっかりとした深さを留めている空堀を見ると、中世城郭の堀ってこういうものなのか、と考えを改めさせられました。 もちろん、この堀も、当時から比べれば、土砂や落葉の堆積でそれなりに浅くなっているんでしょうけれど。

こちらは、同じく土橋から見た三の曲輪の空堀。 土橋から西側の様子です。 よく見ると、S字にカーブしています。

空堀に降りていく細いスロープ状の道があったので、堀底に降りてみました。 まるで谷の中にいるようです。 当時はこんなスロープなんて無いでしょうから、堀を越えるのは至難の業、というか土橋部分からでないと無理だったのではないでしょうか。 その土橋もあんなに細いし、防御力の高さがうかがえます。 諏訪原城、次回もつづきます。