
ロシア沿海州の南端付近に所在する遺跡、クラスキノ土城跡の調査に3週間ほど行ってきました。 クラスキノ土城跡は、渤海(ぼっかい)という古代国家の遺跡です。 渤海は698年から926年にかけて栄えた国で、ロシア沿海州・中国北東部・北朝鮮北部にかけて勢力を有していました。 当時の日本は奈良・平安時代。 そのころの大陸との交流といえば遣唐使が有名ですが、実は渤海との間にはそれよりも頻繁に使節が往来していました。 クラスキノ土城跡は、その使節らの渤海側の発着の場であったと考えられています。 渤海には5つの京があったのですが、そのうち日本との交流をになった「日本道」の重要拠点は東京龍原府という都市で、現在の中国の琿春(コンシュン)とされています。 その東京龍原府から日本海にかけての最短経路上に位置し、海まで500mほどの場所にあるクラスキノ土城は、日本と渤海の交流を考える上で重要な遺跡であると考えられ、調査研究が続けられています。 1枚目の写真は、発掘現場から西方を撮影したもの。 ヘタクソなパノラマですみません。 このあたりは、ロシア・中国・北朝鮮の3国が接する所。 写真右側の2つの山は、ロシアと中国との国境になっていて、山と山の間を通る道は中国の琿春(コンシュン)に通じています。 写真のちょうど真ん中あたりにある山は、方角的に北朝鮮の山ではないかと思います。

こちらは、グーグルアースでみたクラスキノ土城。 城壁の輪郭が見えます。 南北約400mほど。城壁は全長約1240mの規模です。 平面形はいびつな5角形を呈しています。 東・南・西に門があり、日本隊とロシア隊が共同で調査しているのは東門です。

こちらは、東側から見たクラスキノ土城の遠景。 まわりより2mほど高くなっています。

遺跡の東方を眺めると、草原のなかに小さな高まりがいくつも見えます。 古代~中世あたりの古墳とみられています。 ロシア・韓国が共同で調査した1基からは北宋銭が出土しているそうです。

これは、遺跡の近くを流れるチュカノフカ川。 調査キャンプから発掘現場までは、この川を渡って徒歩20分ほどです。

2週間強の現地調査の後、数日間ウラジオストクで出土品の整理作業をしました。 ちょうどウラジオストクでは「アジア太平洋ウラジオストク国際映画祭」が開催されていました。 ブルーのカーペットです! ムービースターらしき人々をみましたが、私は知りませんでした。 ↓最後の写真は、ホテルの窓からの眺め。 今年の調査はいろいろと盛りだくさんで、例年通りギリギリ。 ただ、台風の影響で半日つぶれた以外は晴天に恵まれる事が多かったです。 図面のトレース大変そう!
