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横須賀市秋谷に「子産石」(こうみいし)というバス停があります。
以前ここのブログでもご紹介した、長者ヶ崎の南にあたります。

このあたりでは、軟弱な岩の中から球状で硬質の岩が海の波によって洗い出され、むかしから安産のお守りとされてきました。

このバス停の近くに、「子産石地蔵はこちら」という手書きの看板が出ています。

看板に従って、車通りの多い国道135号線から坂を少し登ると、そこに異形のお地蔵様がいらっしゃいます。
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このお地蔵様は、「知回様」と呼ばれています。

昔、知回という老いた巡礼の尼僧がこの近くの観音堂に滞在した際、地元の人間から子産石にまつわる話を聞かされた。景色もよく、不思議な力を持つ石を産するこの地を気に入った知回は、ここを自らの終焉の地に選び、読経しながら即身成仏した。

里人たちは知回の高徳を慕い、入定した墓穴に土を盛り、地蔵菩薩に似た異形の子産石を建てて、手厚く葬ったと伝えられています。


この写真では服を着せられて形がよく分かりませんが、昔に撮影された服がない写真をみると、なるほどお地蔵さんに似た不思議な石です。
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この知回尼の墓は大正時代に一度地元の人々の手によって掘り返され、石が四方に積み重ねられた底から、枕を西に座ったままの遺骨が発見され、遺骨と鉦をたたく細い金棒がとりだされた後に埋め戻されたと言われています。

遺骨は土手ぎわに埋葬され、墓碑もここに移して盛大に供養したそうです。
のちに念仏回向する人々が近在から多く集まり、一時は縁日まで出てたいへん賑わったという話があります。

現在、知回尼の墓は先ほどの子産石の地蔵菩薩の右隣にあります。
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「知回さま」のまわりに並ぶ地蔵の中には、「安永二年」(西暦1773年)と刻まれたものもあります。

ただ、多くは吹きつける海風に風化し、文字を読み取るのも困難です。
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こちらは、子産石バス停そばにある子産石。

特に大きいものを選んで象徴としてここに置いているそうです。

横の標柱には「横須賀市指定市民文化資産」と書かれています。


下の写真は、子産石と長者ヶ崎との間、海岸を見下ろす道路脇から眺めた海です。
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【参考文献】
松浦豊 1985 『三浦半島の史跡と伝説』(写真で綴る文化シリーズ神奈川4) 暁印書館


※子産石に関しては、以下のような論考があります。
中村勉 1989 「「子産石」の考古学的考察」『御浦』15号
三浦半島の弥生時代や古墳時代の遺跡(全9遺跡)で出土した子産石を集成し、住居の廃絶に関連する祭祀に用いられていた可能性について述べています。


以下は全くの蛇足。
三浦半島を舞台にした漫画『ヨコハマ買い出し紀行』に、「キノコ」という地面から生える人型ロボットの成りかけのような不思議なものが登場します。
子産石の知回様こと異形の地蔵菩薩を見て、この「キノコ」に似てるなあと思いました。