
前回、品川歴史館へ行くついでに、大森貝塚にも寄り道しました。 大森貝塚は、日本考古学発祥の地として知られています。 学校の教科書やその資料集などには、東京へ向かう汽車の車窓からモースが貝塚をみつけたエピソードが掲載されていたりします。 最初の写真は、JR京浜東北線の大森駅のホームに建つ「日本考古学発祥の地」のモニュメント。 上にちょこんと載っている土器の模型は、大森貝塚でのモースの発掘で出土した土器を模しています。

駅前の池上通りを北へ少し歩き、NTTデータのビル脇の階段を降りると「大森貝墟」碑があります。 この碑は1930年(昭和5)に建てられたもの。 しかし、このあとご紹介する大森貝塚遺跡庭園には、その前年である1929年(昭和4)に建てられた「大森貝塚」碑があります。 実は、モースが発掘した大森貝塚の正確な位置は、長いあいだ不明となっていたのです。 そのせいで、およそ270mも離れた場所に2つの石碑が建てられてしまいました。 ようやく正確な位置が判明したのはつい最近。 遺跡庭園の方にある「大森貝塚」碑の周辺が1984年(昭和59)に発掘され、貝層が確認されました。 いっぽう、「大森貝墟」碑周辺での発掘では貝層は発見されませんでした。

こちらが、貝層が確認された大森貝塚遺跡庭園。 普通の公園ですが、大森貝塚に関する解説パネルなどがあります。 ここで、なんと「大森貝塚」碑の写真を撮り忘れるというミスが……。

こちらは、モース博士のブロンズ像。 博士が手に持っている土器、大森駅ホームにあったモニュメントと同じ土器ですね。

遺跡内には、1984年の発掘で見つかった貝層を剥ぎ取った標本が展示されています。 「大森貝墟」碑、そしてこの大森貝塚遺跡庭園とも、子供連れの方などが見て回っている光景にあいました。やはり教科書で知ってる遺跡、そして「日本考古学発祥の地」という言葉は、人々の興味をかきたてるようです。 興味を持った方は、池上通りをもう少し行った先にある品川歴史館に行ってみて下さい。 モースが発掘した土器の精巧な模型(実物は東大に保管)や、1984年に発掘した時の出土品などが展示されています。 また、2007年に行われた特別展の図録が販売されていますが、写真や図がぎっしりつまった読み応えのあるものでおすすめです。

【参考文献】
加藤緑 2006 『日本考古学の原点 大森貝塚』(シリーズ遺跡を学ぶ031) 新泉社
品川区立品川歴史館編 2007 『日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚-』(品川歴史館特別展図録)
加藤緑 2006 『日本考古学の原点 大森貝塚』(シリーズ遺跡を学ぶ031) 新泉社
品川区立品川歴史館編 2007 『日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚-』(品川歴史館特別展図録)