
幕末、嘉永6年(1853)のペリー率いるアメリカ東インド艦隊の来航は、二百年以上続いた江戸幕府の支配体制を大きく揺さぶりました。 この未曾有の事態に対し、江戸湾防備のため西洋の築城術を導入して造られたのが、品川御台場です。 現在、品川区の品川歴史館で特別展『品川御台場 -幕末江戸湾防備の拠点-』が開催されています。 今日は午前中にその展示を見学し、午後はその品川御台場に実際に行ってみました。 品川沖に5基、御殿山下に1基つくられた御台場ですが、現存しているのは2基。 この2つをよく見ることができるのが、レインボーブリッジです。 新橋駅から「ゆりかもめ」に乗って芝浦ふ頭駅で下車し、歩いて5分のところで、レインボーブリッジの歩行者入口であるレインボープロムナードに着きます。 レインボーブリッジからだと、海面から約50mの高さから御台場を見ることができます。

こちらは第六台場。 第六台場は、現在立ち入り禁止となっていて、整備等をせずそのまま保存する方法がとられています。 木々に覆われて緑の島となっています。 写真では、台場の後正面にある波止場入口が見えます。 この日は天候のせいか、もやがかかったような感じで、あまりくっきりと見えないのが残念です。

こちらは第三台場。 第六台場の東、約250mの所にあります。 第三台場は整備され、台場公園として開放されています。 次はこの第三台場に降りてみましょう。

第三台場の内側の様子。 外側の石垣の上は土塁状の高まりがめぐり、その内側のくぼ地に諸施設が設けられていました。

陣屋跡。 品川歴史館の特別展図録に収録されている第三台場の絵図を見ると、「屯所」と書かれています。 明治時代に描かれた図には、二十六間×六間の「休息所」と描かれています。

弾薬庫跡。 土塁内側から張り出した横穴状の施設で、何箇所か造られています。

波止場入口の様子。 波止場は立ち入り禁止になっているので、柵の内側から撮影。 絵図を見ると、波止場から内側に入り込んだ正面に、「一文字堤」というものが設けられていました。

最後は、第三台場から見た第六台場。 今回、実際に御台場を見たのは初めてだったのですが、こんなに立派に残っているのは驚きでした。 日本の近代のはじまり。そのきっかけを物語る御台場は、大切な文化遺産です。
【参考文献】
品川区立品川歴史館 2011 『平成23年度特別展 品川御台場 -幕末期江戸湾防備の拠点-』
品川区立品川歴史館 2011 『平成23年度特別展 品川御台場 -幕末期江戸湾防備の拠点-』
また、御台場の設計に大きく影響を与えた西洋の稜堡式城郭の歴史については、以下の論考に簡単にまとめられています。
海保孝則 1997 「第Ⅳ章 稜堡式築城概観」『松尾城跡Ⅰ』(財団法人山武郡市文化財センター調査報告書第45集)