偏差値が低い小さなお嬢様私立大学に入学して旧七帝大の卒業になる可能性と幸運
毎日新聞令和8年5月1日インターネット配信記事によれば、北九州市小倉北区にある私立西南女学院中学校が2027年度以降の生徒募集を停止すると発表したということである。その理由として、著しい定員割れである。西南女学院中学校と共に中高一貫教育を担っている西南女学院高等学校も定員割れが著しいと考えられる。
私立西南女学院中学校は、学校法人西南女学院が開設する学校の1つである。学校法人西南女学院が開設する他の学校には、文部科学省が私学共済事業団に行わせている大学ポートレート(私学版)によれば定員割れが著しい西南女学院大学がある。
西南女学院中学校と西南女学院高等学校は、いわゆる中高一貫教育で、西南女学院中学校の生徒がそのまま西南女学院高等学校に進学することになっていた。西南女学院中学校が今後新入生を取らないのであれば、3年後には西南女学院高等学校に進学する生徒はなしになる。
今後、西南女学院高等学校では、もはや中高一貫教育はできなくなったので、一応、公立中学校や国立中学校やその他の私立中学校から、新入生を集める方針であるようである。しかし、西南女学院高等学校への入学者は、西南女学院高等学校が望むように集まるのであろうかと疑問に思う。公立の中等学校や国県立の中学校などから生徒は来るとは到底思えない。私立中学校はどこも同じ系列の高等学校や同じ学校法人開設の高等学校をもち、同系列や兄弟校の高等学校に自校の中学生を進学させるであろうし、国立中学校からの入学生があったとしても極く例外的で、極く少数であろう。そうであれば、悪いシナリオではあるが、西南女学院高等学校も早晩、西南女学院中学校と同様な運命を辿ることになるのではないのか。
学校法人西南女学院の開設学校と同様な現況にあるのは、学校法人西南女学院と同様にキリスト教主義であるということでの学校法人福岡女学院である。学校法人西南女学院と同様に、学校法人福岡女学院も福岡女学院中学校と福岡女学院高等学校をもっている。しかも、福岡女学院中学校と福岡女学院高等学校は、西南女学院中学校と西南女学院高等学校と同様に、現在、著しい定員割れである。福岡女学院中学校も西南女学院中学校と同じく定員割れのために今後、間近に閉校の可能性はあるし、福岡女学院中学校と福岡女学院高等学校も中高一貫教育であるので、福岡女学院高等学校が今後の西南女学院高等学校と同様な運命を辿ることになる可能性は高い。学校法人西南女学院が開設する西南女学院大学は現在、大変な定員割れである。学校法人福岡女学院にも開設学校として福岡女学院大学がある。西南女学院大学も今後どのようになるのであろうか。しかし、学校法人西南女学院は、その創設者と創設のキリスト教団体の点で、福岡市内にある学校法人西南学院と同じである。学校法人西南女学院は学校法人西南学院と統合しやすい。しかし、学校法人福岡女学院は、その創設者と創設のキリスト教団体の点で、同じキリスト教主義ではあっても、キリスト教の中の宗派が相異して、学校法人西南学院との統合ができる可能性はないと考える。
ところが、学校法人福岡女学院が開設する学校の1つである福岡女学院大学は、現在の学長も元九州大学教授であったし、九州大学名誉教授という称号を現有しているし、また、人間関係学部の心理学科には、現在は違うのであるが、かつて数人の元九州大学教授が定年退職後天下っていた。それだけではない。九州大学に入学した学生たちが非常に多く、九州大学教育学部の心理学系を経て、福岡女学院大学の心理学の大学院を卒業している。九州大学と福岡女学院大学との間の学生教育上の提携は堅固である。
それらのことから、福岡女学院大学は、私立大学ではあっても、現在は、九州大学も国立大学ではなく、国立大学法人であるので、九州大学との統合の可能性もあるのではないのか。西南女学院大学と同様に福岡女学院大学も大変な定員割れであるが、定員割れのために、福岡女学院大学が経営困難になり、九州大学との統合があれば、その時に福岡女学院大学に在学中の女子学生は、福岡女学院大学の九州大学との統合のために、九州大学卒業になる可能性があるのではないのか。これは大変な幸運である。福岡女学院大学への進学志望の女子高生は、オープンキャンパスに行った際に、福岡女学院大学の先生や事務職員の方にその可能性を伺ってみる価値はあると考える。現在、九州大学が国立大学ではなく、独立した1つの国立大学法人であるので、福岡女学院大学の九州大学との統合は直接的には、九州大学への福岡女学院大学の申し込みと福岡女学院大学の申し込みに対する九州大学の承諾で可能であるのではないのか。無論、その際、福岡女学院大学も九州大学も文部科学省との折衝と承認は必要であろうが、文部科学省も福岡女学院大学の学生たちの教育のためであれば承認せざるを得ないのではないであろうか。