多層膜か回折格子か | 構造色事始

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構造色の面白さをお伝えします。

話は少し専門的になりますが、多層膜か回折格子かという問題は、構造色の仕組みを考えていく時にしばしば話題になる事柄です。

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多層膜はレーザー用の反射鏡などに使われていますが、屈折率の異なる層を交互に並べたものです。これに光が当たるとそれぞれの層の表面で反射した光が干渉しあって、ある色の光は強く反射されますが、別の色の光はそのまま透過していきます。従って、反射した光を見ると強く色づき、透かしてみるとその補色が見えるというわけです。この発色方法の特徴は、反射した光は必ず正反射方向に進んでいくことです。また、入射方向を変化させると、色も変化するというイリデセンスを示します。

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一方、回折格子は回折と干渉という二つの光学現象を使った発色方法です。一般に、小さい物体に光が当たると回折という現象が起き、光はいろいろな方向に広がってしまいます。このような小さい物体を規則正しく並べると、回折された光どうしが干渉しあって、特定の方向に特定の色の光を反射させます。CDはこの仕組みで発色しています。回折格子では、光はいろいろな方向に反射されて、見る方向で色が大きく変化します。

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モルフォチョウの色の仕組みに関しても、多層膜か回折格子かという論争がありました。モルフォチョウの色は以前から多層膜による色だと信じられていました。1940年台に電子顕微鏡を使って、翅にある鱗粉には多くの筋(リッジ)があって、その筋一つ一つに写真のような棚構造があることが分かった後も、多層膜干渉の式を用いた解析が使われてきました。一方、この構造を見て、多層膜ではなく、小さい構造が立体的に並んでいるとして、三次元的な回折格子だと主張した研究者もいました(Wright 1962、Gralak 2001)。

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それぞれの考え方を模式図で表してみます。モルフォチョウは左右互い違いの棚構造(a)を持っていますが、その構造のユニット(b)を横に無限に伸ばしたものが多層膜(c)、無限に縮めたものが回折格子(d)になります。実際の形はどちらとも違うことは明らかなのですが、それではどちらの考えの方が近いのだろうかというところが問題になったのです。

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多層膜と回折格子で大きく違うところは、光が層の中を通過するか、それとも、空気中を進むかというところです。このため、光をそれぞれの構造に当て、反射する光の色を調べてみると両者は大きく違うはずです。上のグラフは上から光を入れ、上側に反射された場合の反射率を示したものです。多層膜としては高屈折率層の屈折率と厚さを1.55と55nm、空気層の屈折率と厚さを1と150nmとし、高屈折率層の数を6層として計算したものです。多層膜と回折格子で反射率最大の波長を上図の欄外のように計算すると、それぞれ、470.5nmと410nmとなり、はっきりと違います。つまり、色が全く違うのです。

この色の違いを用いて、モルフォチョウの構造がどちらに近いかを調べることができます。

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上のような構造に真上から光を当て、ほぼ真上に戻っていく光のうちで反射率が最大になる波長を、棚の幅を変化させて調べていけばよいのです。FDTD法という計算方法で計算したものが次の図です。

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この図の横軸は棚の幅を対数で表しています。また、空気層の厚さを100-150nmに変化させた場合の結果も一緒に載せています。空気層の厚さを変化させると、最大反射率を与える波長も変化するので、このグラフでは多層膜の時の最大反射率の波長を1、回折格子のときを0として規格化しています。そうすると、空気層の厚さを変化させてもほぼ一本の線上にのって変化していくことが分かります。

幅が狭い時には回折格子の値に近く、広い時には多層膜の値に近いことは予想通りですが、その変わり目はほぼ構造の周期100+55nm~150+55nm付近であることが分かります。ところで、モルフォチョウの棚構造の幅をこのグラフ上に書き込むと、ちょうどその変わり目で当たることが分かります。つまり、モルフォチョウの棚構造は多層膜的でも回折格子的でもないのです。

多層膜だと正反射しかしないので、特定の方向にしか光を反射できないし、回折格子だといろいろな方向に光を反射させますが、色が大きく変化して青色を主張できないし・・・。そんな要求から、中間的な構造にモルフォチョウの望むような構造があったということでしょうね。しかし、反射率が最大になる波長を実験で求めてみると、むしろ多層膜で計算した結果とよく合うという悩ましい事実もあります。実は、モルフォチョウの構造は中間的なのですが、多層膜干渉が起きやすいような仕組みも備えていることが最近分かりました。一匹のチョウの色の話なのですが、ずいぶんいろいろな仕組みがあるものですね。(SK)

構造色研究会のホームページ:http://mph.fbs.osaka-u.ac.jp/~ssc/