オオゴマダラの金色の蛹 | 構造色事始

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構造色の面白さをお伝えします。

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オオゴマダラはインドから東南アジアに分布する大型のマダラチョウです。日本では沖縄や奄美大島に生息していますが、最近、あちこちの昆虫館で放蝶しているので、お馴染みのチョウになっています。このチョウの蛹はびっくりするほど金色なのはご存じですか。

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(藤井康裕氏提供)

上の写真は蛹になった直後〈蛹化といいます)と、蛹化後2日ほど経ってからの写真です。直後ではまだ黄色だったのですが、2日ほど経つと光沢ができて本当に金属の金のように見えます。周りの景色も少し写っているのが分かりますね。
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(藤井康裕氏提供)

このグラフは蛹化後19時間経った後、蛹に光を当てて10分毎に反射スペクトルを測定したものです。時間と共に反射率がだんだん上がっている様子が分かります。

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蛹のグラフと金属の金と銀の反射スペクトルを比較してみましょう。オオゴマダラの蛹の場合、ちょうど光の波長が520nmのあたりで、反射率が急に増える部分がありますが、これが金の反射率のグラフとよく似ているので、金と思ってしまうのです。しかし、反射率の値は金属の金の場合は90%近いのですが、蛹の場合は45%程度なのでだいぶ違います。どうやら、金属の金と思うのは反射率の絶対値ではなくて、その反射率の波長特性が似ているところが関係しているようです。

さて、オオゴマダラの蛹での反射率の増え方には、ちょっとした特徴があります。まず初めに、530nmの付近が増えて、次に600nm、それから700nm、760nmと、順々に増えていきます。だから、初めのうちは530nm付近だけが増えるので、蛹は緑色を帯びていますが、次第に、金色になっていくのです。

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(藤井康裕氏提供)

このように金色に見えるのは、蛹の内部に層状構造ができていくためです。上の写真は蛹の膜の断面を電子顕微鏡で撮影したものですが、黄色に見える時には厚さ20ミクロンほどだった膜の厚みは、蛹化後48時間後には40ミクロンと倍近くになります。この増えた部分には黒白の縞模様ができていて、多層膜干渉により光を反射するのです。

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この層状部分の一部を模式化すると、上のようになります。D層と呼ばれるクチクラからできている層と、C層と呼ばれる、主に体液で出来ている部分から成り立っています。C層には斜めになった繊維が並んでいて、どうやら間隔を保つのに役立っているようです(上の層では左右斜め45度に傾いて描いてあり、下の層では手前側に45度傾いていることを描いているつもりです)。

この膜を蛹から切り取って見ると金色に見えますが、乾燥していくと色がなくなってしまいます。それを再び水の中に入れると金色に戻ります。このように可逆的な変化が起きるのです。この可逆性には、斜めになった繊維が役に立っていると思われます。オオゴマダラの場合はC層とD層を加えた周期が、表面から遠ざかるにつれ徐々に大きくなっていきます。この周期は反射する光の波長と直接関係しているので、徐々に波長の長い光が反射されるようになるのです。

チョウが蛹から脱皮する直前になると、この多層膜構造は消化されて消えてしまいます。それで、脱皮した後の殻は金色ではなくなってしまうのです。また、金色に見えるためには520nm以下の部分の反射率が下がることが必要ですが、この原因についてはまだはっきりとはしていません。ただ、上の反射率のグラフの2つの矢印の場所の凹みはカロチノイドの吸収スペクトルに見られるピークと一致しているので、食草として食べた葉の中のカロチノイドが光を吸収するため、青色の光は反射されず、金色に見えるのではと考えています。

マダラチョウ科やタテハチョウ科にはこんな金属的な反射を示す蛹が時々見られますが、その理由はよく分かっていません。マダラチョウの仲間は体内に毒をもっているものが多いので、光ることで警戒させるためだろうという説もありますが、むしろ、金属的で周りを写すので、鏡のような役割を果たして隠蔽効果があるのではと考えられています。(SK)

【参考文献】
木下修一ほか、色材 75, 493 (2002).
R. A. Steinbrecht, in "Structural Colors in Biological Systems", Osaka Univ. Press (2005).

構造色研究会のホームページ:http://mph.fbs.osaka-u.ac.jp/~ssc/