モルフォチョウの構造色2 初期の研究 | 構造色事始

構造色事始

構造色の面白さをお伝えします。

イメージ 1

初めに、モルフォチョウの標本写真をいくつかお見せします。これらは今日のお話に登場するモルフォチョウたちです。

モルフォチョウの研究はヨーロッパから始まりました。中南米に生息していたモルフォチョウが、いつ、どういう経緯でヨーロッパにもたらされたかということに関しては、次のような伝説があります。

英国の廷臣であり、探検家でもあったウォルター・ローリー(1552-1618)が、女王エリザベスI世に対してモルフォチョウをプレゼントしたということです。女王はそれを舞踏会での髪飾りとして用いました。その場にいた博物学者の驚く様子を見た女王は、モルフォチョウをその博物学者に渡したそうです。その学者は後に、それをペレイデスモルフォのタイプ標本にしたということです。

科学の分野で、モルフォチョウが話題にのぼったのは、1895年に出されたウォルターの本が初めてではないかと思います(この本はオンラインで読むことができます)。その内容は1919年に出されたレイリー卿の論文でもだいたい分かります。それによると、ウォルターはメネラウスモルフォ(Morpho menelaus menelaus)の翅の鱗粉を観察したそうです。すると、空気中で青緑に光っていた鱗粉が、エーテル中では緑色に、クロロホルム中では緑黄色になり、輝きも少なくなったと書かれていました。更に、ベンゼンや二硫化炭素中ではほとんど輝きがなくなったと記録されています。ウォルターは、鱗粉を構成するキチンの中に色素が含まれ、それと液体との界面での現象が、色を着けたり消したりすると考えました。

モルフォチョウの青色が翅に一面に付いている鱗粉によるものであることは、翅を拡大してみると分かります。

イメージ 2

これは、ディディウスモルフォの翅を拡大したものですが、右上に見えるように、翅は鱗粉で覆われています。よく見ると鱗粉には2種類あって、上側の鱗粉を上層鱗、下の鱗粉は下層鱗と呼んでいます。鱗粉1枚だけを取り出したのが左下の写真ですが、確かに鱗粉は青色に見え、その色は下層鱗の方が強いことが分かります。下層鱗をさらに拡大したものが右下の写真ですが、筋がたくさん入っていて、青色はその筋から出ていることが分かります。この筋に対しては、初めの頃は矢の羽根を意味するベイン(vane)と呼ばれていましたが、最近では山の背を意味するリッジ(ridge)という言葉が使われています。

ウォルターが本を書いた19世紀の終わりは、ちょうど電気と磁気に関する法則がまとめられ、光が電磁波と呼ばれる波であることが分かった時代でもありました。干渉や回折などいろいろな波の性質が、光にも現れることが予想されていたのです。ウォルターが、色素を含んだキチンと液体との界面で色が作られるという説を出したのに対して、光の干渉によって色が作られていると主張したのが、アルゴンの発見でノーベル賞を受賞したレイリー卿でした。レイリー卿は、特に、層が重なってできた多層膜による光の干渉で、鳥や昆虫の輝くような色が作られていると考えました。

この2つの説のどちらが正しいかを確かめるためにさまざまな実験が行われました。同じくノーベル賞を受賞したマイケルソンもその一人でした。彼は、エガーモルフォ(Morpho aega aega)の翅を使って光の反射特性を調べ、それが色素を含んだ薄い膜の反射特性と似ていると主張しました。

当時の顕微鏡技術では、光の干渉に寄与するような微細な構造を直接観察することはできませんでした。

イメージ 3
(Onslow (1923)とMason (1927)から転載)

これは、オンスロウとメイソンが描いたモルフォチョウの鱗粉の構造です。オンスロウは、メネラウスモルフォ、アキレスモルフォ(Morpho achilles achilles)、キプリスモルフォ(Morpho cypris cypris)の翅を顕微鏡で調べました。彼は鱗粉にあるリッジという筋に注目しました。彼の描いた絵をみると、リッジが構造のない柱のように描かれています。彼は規則的な筋が回折格子の役割を果たしていると考えました。つまり、色は光の干渉により起きていると考えたのですが、その機構はレイリー卿の説と少し異なっていました。

これに対して、顕微鏡技師でもあったメイソンはメネラウスモルフォとスルコウスキーモルフォの翅を詳細に調べました。彼の考え方は、その絵の中に見事に描かれています。彼の絵では、リッジ一つ一つに層状の構造あり、しかも、その層が基板に対して斜めになっていることが描かれています。つまり、彼はモルフォチョウの色は、リッジ一つ一つにある層状構造による干渉効果であると考えたのです。これは、レイリー卿の考えとも一致し、また、現在の考え方にも大変近い見方で、光学顕微鏡しかなかった当時に、ここまで観察できたとは全く驚くばかりです。

モルフォチョウの鱗粉にある驚くような微細構造は、電子顕微鏡が市販されるようになった1939年以降になって初めて判明することになります。

【参考文献】
C. L. Hogue, "Latin American Insects and Entomology", Univ. California Press, Berkeley (1993).
B. Walter.  "Die Oberflaechen- oder Schiller-Farben", Braunschweig: F. Vieweg und Sohn (1895).
Lord Rayleigh, Phil. Mag. 37, 98 (1919).
A. A. Michelson, Phil. Mag. 21, 554 (1911).
H. Onslow, Phil. Trans. 211, 1 (1923).
C. W. Mason, J. Phys. Chem. 31, 321 (1927).

構造色研究会のホームページ:http://mph.fbs.osaka-u.ac.jp/~ssc/