赤とんぼはなぜ赤くなるのか | 構造色事始

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構造色の面白さをお伝えします。

秋になり、赤とんぼの季節になってきました。夏の間、林の中や山の上で過ごしていた赤とんぼたちは、秋になると一斉に麓に降りてきます。そして、それまでは黄色だったオスは真っ赤な姿に変身します。

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これは7月終わりに林の中にいたナツアカネのオスです。

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それが、9月に見たときはこんなに赤くなっています。

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一方、メスの方は腹の背側の方が少し赤くなるほかはあまり変化しません。

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ミヤマアカネのオスもこんなに赤くなります。

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これはネキトンボですが、やはりオスは真っ赤です。

赤とんぼとは異なりますが、ショウジョウトンボも赤くなります。

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これはオスの方です。

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そして、これはメス。まるで別種かと思うほど、色が違います。

どうしてこんなに色が変わるのでしょうか。その理由はこれまで分かっていませんでした。

産総研の二橋亮博士らは、この色変化の仕組みを調べました。まず、トンボの腹の部分を0.5%の塩酸を含むメタノールにつけ、色素を抽出しました。抽出液を高速液体クロマトグラフィーや質量分析器で調べたところ、2種類の色素が含まれていることが分かりました。キサントオマチンと脱炭酸型のキサントオマチンです。その構造式を次の図に示します。

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それぞれには酸化型と還元型という構造があって、合計4種類の構造式が書けることになります。非常に複雑な構造ですが、これらはオモクロームといって、昆虫や甲殻類の目の色を与える色素として知られていたものでした。

二橋博士らが見つけたことは、この2種類の色素の還元型と酸化型の割合が、赤いトンボとそうでないトンボとでは大きく異なっていたということです。例えば、ナツアカネでは若いときはオスでもメスでも還元型の割合が60%ほどだったのですが、秋になるとその割合がオスだけ90%にも変化するのです。これに対してメスは65%程度になるだけでした。つまり、赤くなるのは酸化型が減って還元型が増えることを意味しています。

色素による色は、どの光の色が吸収されてしまうのかということがポイントなのですが、酸化型では青から紫色の光を吸収するのに対して、還元型は緑、青、紫の光を吸収します。したがって、その補色の色が見えるのですが、酸化型が多いと黄色になり、還元型が多い場合には赤くなるのです。

つまり、赤とんぼの色変化は単純な酸化還元反応だったということになります。酸化還元反応は鉄が酸化されて赤い酸化鉄になったり、還元されてもとの鉄に戻る反応と同じです。実際にそのような反応により色が変化するかどうかは、抽出液で確かめられ、また、アスコルビン酸という還元剤をトンボの胴体に注入して確かめられました。

次に、秋になると赤とんぼの色を変化させる還元剤は何か調べてみました。還元剤は見つかるには見つかったのですが、特に還元剤が新たに入れられていたというわけではなく、キサントオマチン還元型自体が還元剤になっていたという結果を得ました。これまで、オスが赤くなる理由は一種の婚姻色であるという考えが強かったのですが、吸収スペクトルを変化させることで、主に日向で活動するオスに対して紫外線防御の役目もあるのかもしれないという推測をしています。

しかしながら、なぜオスだけが秋になると色変化するのかという問題や、一旦赤くなると標本にしてもその赤が保たれるという還元型の維持機構についてはまだ分かっていません。今後の研究に期待しましょう。

【感想】
今回は構造色ではなしに、色素による色変化の最近の話題を紹介しました。インターネットでみると新聞なので大きく報道されたようなのでご存知の方も多いかもしれませんが、私は知りませんでした。いずれにしても、単純な酸化還元反応で色変化が起きているというのは意外でした。しかし、なぜオスだけが、しかも秋になって変化するのかという肝心な問題については触れていないので、論文を読んで少し物足りなく感じました。(SK)

【参考文献】
R. Futahashi et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 109, 12626 (2012)
産総研プレスリリース

構造色研究会のホームページ:http://mph.fbs.osaka-u.ac.jp/~ssc/