クジャクの構造色研究 | 構造色事始

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構造色の面白さをお伝えします。

クジャクは構造色の代表です。そこで、前々回前回に引き続いて、クジャクの構造色の話をしていきましょう。今回は、その研究の歴史を振り返ってみます。

おそらく、もっとも最初にクジャクの構造色を科学的に研究したのはフックの法則で有名な、イギリスのロバート・フックでしょう。彼は顕微鏡を使っていろいろなものを観察し、1664年にMicrographiaという本を出しています。その中にクジャクの羽についての記述がありました(XXXVI)。

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(R. Hooke, Micrographia(1664)より転載)

この図はMicrographiaの中の図ですが、大きく描かれているのがクジャクの羽の羽枝のようです。そこから、両側に数珠のように連なっているのが小羽枝です。小羽枝が節から成り立っているところを見事に描いています。彼は、この両側に生えている糸のような小羽枝が、右隅にあるような矢じりのような板が重なってできていると考えました。

力学の祖として知られているニュートンもOpticksという本の中で、クジャクの羽の色に言及しています(Prop. V)。1704年のことです。彼はこの本の中で、クジャクの羽の色は薄い透明な膜によるものだと書いています。

その後、研究は途絶えてしまうのですが、20世紀に入ってから、鳥や昆虫の色の原因をめぐって論争がありました。それは、これらの色が構造によるものなのか、金属表面に見られる色と同じものなのかというものです。この論争に関連して、1923年にアメリカの顕微鏡学者メイソンはクジャクの羽を詳細に調べました。

彼は、クジャクの羽の小羽枝の断面を顕微鏡で観察して、これが3つの層からできていることを見出しました。彼の論文には図が描かれていないので良く分かりませんが、下にある電子顕微鏡像と比較して見ると三日月状になった小羽枝の断面の上側と下側の暗い部分、それに真ん中の白い部分の3つを指しているものと思われます。いろいろな色の羽で観察したのですが、構造に違いが見られなかったとも書いています。光学顕微鏡ではフォトニック結晶を見分けることができなかったのですね。彼は、羽を押してみたり、液体に浸けてみたり、漂白してみたりといろいろな実験をし、羽の色が変化することを見つけました。このことから、彼は、クジャクの羽の色は構造による色であり、黒い色素がその色を助けていると考えました。
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(Durrer (1962)による)

電子顕微鏡でクジャクの小羽枝を初めて調べたのは、前回もお話ししたドイツのデュラー(1962)です。彼は電子顕微鏡で小羽枝の断面を観察しました。小羽枝は上の図のように三日月のような形をしています。その表面に沿って円柱形のメラニン顆粒が格子状に並んでいることを見つけたのです。

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彼はクジャクの羽のいろいろな部分でメラニン顆粒の配列を観察しました。その結果、横方向の間隔aはそれほど変化しなかったのですが、深さ方向の間隔dと層の数は場所により大きく変化することを見つけました。例えば、AuやMでは層の数は3-6層しかなく、dは0.21ミクロンだったのですが、IIでは層の数は9-10層もあり、dは0.17ミクロンだったそうです。彼は、メラニンの顆粒が規則正しく並んだ層により光の干渉がおきて、発色すると考えました。

その後、クジャクの研究は再び途絶えてしまうのですが、2002年と2003年に2つの論文が相次いで出されました。まず、2002年は大阪大学の吉岡らの論文で、インドクジャクの色はメラニンの顆粒が並んだ多層の構造で発色するという点はデュラーと同じ主張ですが、光がいろいろな方向に反射されるのは、小羽枝が曲がって生えていて、しかも、その断面が三日月状になっていることが重要であると主張しました。彼らは、反射光の角度分布を測定し、反射方向が広がることと角度によって色が変化することをシミュレーションで示しました。

2003年に、中国のZiらはマクジャクの羽の反射スペクトルの測定し、その結果をメラニン顆粒の配列をフォトニック結晶として考えたときの反射スペクトルの計算結果と比較しました。彼らは無限に長い円柱状のメラニン顆粒が規則正しく並んでいて、その間には空気の入った筒があり、それ以外はケラチンで覆われているというモデルを立て、スペクトルが良く合うことを見つけました。同じグループのりーらは茶色に見える部分も、実は構造色で、青色と赤色の光を反射しているということを見出しました。

しかし、クジャクの構造色の研究はここで止まっています。Ziらのフォトニック結晶モデルと吉岡らの湾曲した構造モデルの両方を取り入れたモデルはまだ報告されていません。このモデルができて初めて、見る方向を変えたときの色変化が説明できるのです。その意味で、クジャクのあの輝くような色に迫る研究はまだまだ始まったばかりと言えるでしょう。(SK)

【参考文献】
R. Hooke, Micrographia and Some Physiological Descriptions of Minute Bodies Made by Magnifying Glasses with Observations and Inquiries thereupon (1664).
I. Newton, Opticks. Or a Treatise of the Reflections, Refractions, Inflections & Colours of Light (1704).
C. W. Mason, J. Phys. Chem. 27, 201 (1923).
H. Durrer, Verh. Naturforsch. Ges. Basel 73, 204 (1962).
H. Durrer, Denkschr. Schweiz Naturforsch. Ges. 91, 1 (1977).
S. Yoshioka and S. Kinoshita, Forma 17, 169 (2002).
J. Zi et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 100, 12576 (2003).
Y. Li et al., Phys. Rev. E 72, 010902 (2005).

構造色研究会のホームページ:http://mph.fbs.osaka-u.ac.jp/~ssc/