私が小学生低学年の頃、仲の良い友達にF君という子がいました。大柄で、ケンカが強く、スポーツ万能…子どもヒエラルキー上層部に位置する子でした。彼の家も私の家と同じく、日々の暮らしを必死でしているような家。彼は銭湯に行く時、必ず私を誘ってきて、いつも一緒に行っていました。当時、家に風呂がある家は珍しく、一般庶民は、皆んな銭湯通いでした。私の記憶では、当時の銭湯料金は子どもで10円だったと思います。親から貰った10円玉を握りしめ、洗面器に石鹸とタオルを入れて下駄を履いて行きました。当時の銭湯は、近所の社交場の性格もあり、それは、子どもにとっても同じでした。
F君の家には、3人の年子の兄さんがおり、全員、牛乳配達や新聞配達などをして、家計を助けていました。子どもの私にとって、F君自身もケンカが強かったのだけれど、F君の兄さん達は更に強そうに見え、畏敬の念を禁じえなかった記憶があります。それでも、何度かF君の家を訪ねるたびに、兄さん達とも顔見知りとなり、色々と話をしてくれるようになりました(でも、ずっと怖い存在でした)。
話は飛びますが、私の近所にH君という1学年上の子どもがいました。彼は典型的ないじめっ子で、しかも、下級生を選択的にターゲットとしている弱い者いじめをする子ども。私たちいじめられっ子は、H君が来ると、「H君が来た!」と言って、いつも逃げ出していました(ある意味、いじめられっ子のリスクアセスネットワークでした)。ある日、私の油断もありH君と鉢合わせになり、案の定、彼から因縁をつけられる状況になってしまいました。そして、一年歳上の上級生とはいえ、ず〜といじめられてきた私に、ついに堪忍袋の尾が切れる時が来ました!。 小さい勇気を振り絞って彼に反抗し、幸い優勢のままケンカを終える事ができました。
所が…翌日の朝早く、学校に向かう途中、そのH君と彼の子分の身体の大きな子の待ち伏せに会い、万事休す😔。下級生の私に複数の人間で仕返しに来る上級生とは卑怯この上もない事ではありますが、H君にとっては、プライドを守る(既得権を守る)ためには、卑怯もクソもありません。
胸ぐらを掴まれ、「クラしあげたれ❗️」(クラしあげたる…とは、北九州弁で殴り倒すという事)と言われ正に殴られようとした瞬間…少し離れたところから、「お〜い、そこで何しよっとかぁ❓」と太い声が近寄ってきました。殴られる!…と思い、目を閉じていた私が薄目で見たその声の主は銭湯仲間F君のニつ上の兄さんでした。新聞配達帰りとおぼしき彼は太い声で…「お前ら、そいつは俺の弟の友達ぞ、手ぇ出したら、お前らクラしあげっぞ😡😡😡。」 彼のドスの効いた威嚇にあったH君一味は、完全に形勢逆転‼️ 蜘蛛の子を散らすように逃げだしました。雲散霧消する彼らを見ながら、F君の兄さんは「気をつけて行けよ🙂」と私に声をかけながら踵を返しました。彼のカラになっている新聞配達用のタスキ布が、私には月光仮面のマントのように見えた記憶があります🤩。
今、思い返してみると…仮に、通り掛かったのがF君の兄さんではなくF君本人だとしても、おそらく同じ行動に出ていたと思います。
今も当時もいじめっ子はいます。でも、当時が今と決定的に違うのは、「いじめる子もいれば、いじめられている子を助ける子もいる❗️」と…思うのは、当時を知る人だったら少なからず記憶にあると思います。
次回は、特殊能力を持つ子…について、当時の記憶を紐解きます。