昭和おやじのセピア色備忘録

昭和おやじのセピア色備忘録

昭和34年生まれ、北九州育ちのオヤジが過去の事、現在の事を赴くままに書き散らす散文ブログ。

貧しくとも希望に満ちた北九州での少年時代
リタイア後に妻と始めた信州での山荘生活
いつの間にか5人に増えていた孫とのてんやわんやな交流に思うこと…
綴っていきたいと思います
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私が小学生の頃、K君という友達がいました。彼は、運動は全くダメ、勉強は更にダメ、ケンカに至っては全くのダメ! 何を言われても、いつもニコニコ☺️している心優しき❤️子ども。そして、なぜかK君と一緒にいると、なあ〜んとなく心❤️が落ち着き、こっちも笑顔となる不思議な子でした。身体全体から癒しのオーラが出ており、なぜか、いじめっ子も彼には手を出しませんでした。

御多分に洩れず、彼の家も決して裕福ではありませんでしたが、いつも笑顔で迎えてくれました。私は彼が大好きで、毎日のように遊びに行っていましたが、彼には特殊な能力がありました。


当時、子どもも大人も夢中になるスポーツが3つありました。野球、プロレス、相撲がそれで、食事も忘れて皆んな楽しんでいました。K君は特に相撲が大好きで、十両以上の全力士の名前を覚えていました。しかし、最も驚くのは、その力士のその日までの勝敗を全て暗記していた事でした。ご存知無い方もいらっしゃるとは思いますので、少々説明いたしますが、相撲は15日間の勝負があり、個々の力士で勝敗が異なります。一日一番、15日間の連続試合ですから、勝敗も日々変化します。K君は、毎日変化するその勝敗を全力士に対して、毎日暗記しているのです‼️  学校で、皆んなが贔屓の力士の勝敗を彼に尋ねると、立て板に水で答えます。先生までも彼にその日の贔屓力士の勝敗を尋ねていました。

しかし、彼はその能力を勉強には全く発揮しませんでした。漢字でも、地理でも、歴史でも、その能力の1/10でも勉強に利用すれば、クラスでもトップクラスになったと思うのですが、彼はその能力を勉強には使いませんでした。


K君は、学校では全く目立たない子。でも、彼の特殊能力を皆んな尊敬し、そして何よりも、彼の癒しの優しさを認めていた…そんな子どもでした😌


次回は、「山の手の子」…と題して、昭和の思い出を紐解きます。