子育てはこわい 〜すべてがこわかったから、、、〜
  • 15Nov
    • 「キャラ弁はできない」と伝えると、、、 〜母としての再教育

      娘の通っていた幼稚園はお弁当でしたが、園長先生から「キャラ弁はやめてくださいね」と言われていたので、3年間全く作ることはありませんでした。小学校に入り、娘は放課後児童クラブに在籍し、夏や冬の長期休みには、お弁当を持参することになりました。そこで、娘は初めて「キャラ弁」なるものを知ったのです!娘からキャラ弁を注文され、初めて”くまのプーさん”(ぽい)のキャラ弁を作りました^^;娘はとても喜んでいました。が、「私がもたない」と思いました。「これ、毎日できる自信がない、、、」でも、娘があまりに喜んだので、それから数日は作ったのですが、「やはり、無理だ。無理はよくない」と思い、娘に「もう、明日からキャラ弁は作れない」と伝えました。娘はがっかりし、「他のお母さんは作れるのに、ママはなぜ作れないの?」と言われましたが、「ごめんね。ママはあまり上手に作れないし、時間がない時もあるから、難しい」と、罪悪感を感じながら、謝りました。でも、最初は罪悪感を感じましたが、だんだん腹も立ってきて、最後は「できないものはできん!」と言い放ってしまいました。ちょっとして娘が「ママ、海苔を切る道具があったよね?あれある?」と聞いてきたので、「のりパンチ(”海苔”を細かく、キャラクターなどに綺麗にカットできる)のこと?あるよ」と言うと、「ちょっと貸して。やってみる」と自分で試し始めました。うまくできたようで、「明日から、私がやるから、ママ、ご飯はおむすびにしないでね」と言ってきました。ーーー翌日、娘はいつもよりも早く起きて、詰めたご飯の上に、のりアートを完成させました。とても上手にできました。「すごいじゃん!」と褒めると、娘も嬉しそうで、その日は友達に「これ、私がしたのよー」と自慢したそうです。でも、その翌日は、湿気が多かったのか、海苔がのりパンチから離れずにうまくいかない。でも、登校時間になったので、不出来なまま、不機嫌そうに持っていきました。そんなことを繰り返していたある日、「ママ、おかずを入れるので、かわいいのある?」と聞いてきました。キャラクターのおかずを入れるホイルや色付きのバランを見せると、「ママ、明日はこれとこれと使って」と言い、海苔アートはやめることにしたようでした。ーーーあれから3年。今は遠足などの行事でたまに弁当を作るだけになりました。娘は気が向いたら自分で海苔アートをしますが、大抵は、かわいいバランやおかずを入れるホイルで、満足しているようです。キャラ弁については、何も言いませんし、私もあえて口に出していないのですが、おそらく、自分でやってみて、「難しいー」ということを知ったので、これはママにはできないだろう、と思ったのではないか?と想像しています。ーーー無理なことは無理と伝える。そして、無理せずにできることで代用できるなら、その方がよほど、心身ともに、娘も私も安定すると感じています。

  • 11Nov
    • 「自分バッシングをやめよう」と決める 〜母としての再教育〜

      子育てがうまくいかない自分をバッシングし続けていたある日、「これ以上、自分をバッシングしてもいいことは何もない」と心底思いました。・「ダメだ」とずっと思い続けることは心が疲労する・心が疲れると体も疲れる・体が疲れると、やる気が出ない、何もしたくないけど、家事も育児もやらないといけない。こんな精神状態、状況の中でやってもうまくいくはずもないし、ますますミスや「できない」状態を誘発するだけで、そんな自分をバッシングして、ドツボにはまるんだなあ、、、。・・・と実際の状況を客観的に思い浮かべたのでした。「私は子育ては苦手なんだ」絶対に受け入れたくない言葉だったけど、これを受け入れると、・「苦手なのに、私、がんばったな」と自然に認められるし、・「今日はいつもよりも楽しく娘ちゃんと遊べたな」と褒められる1日の大半を自分へのバッシングの材料を探していた私にとって、褒めることに目がいくようになったのは、天地がひっくり返るくらいの大きな変化でした。自分のことが褒められるようになると、娘の褒めることにも目がいくようになっている自分にも気づいて、その変化は、本当にうれしいことでした。ーーーたくさんの人から、「そんなにバッシングしないで」とアドバイスを受けたし、自分でもやめられるものならやめたい、と思って、「どうやったらバッシングをやめられるの?」と思っていました。バッシングをやめるスタートは、「こんなバッシングするだけの生活はいやだー!」と吐き気がするほど、大声を出さないといられないほど、全てをぶっ壊したいと思うほど、そこから始まったように思います。

  • 06Nov
    • SNSの投稿を読んで落ち込んでいた 〜子育てはこわい〜

      今から10年前は、ちょうどFacebook(FB)が絶頂の頃で、「他の人がやっているから、私もなんとなく、、、」と軽い気持ちで登録しました。スマホの画面にFBのアイコンがあり、「ちょっとひまだな」と、このアイコンを押したら、次から次へと記事が上がり、気がつくと、1時間、2時間見続けているのはざらでした。嫌でも目に入るのは、「子供が可愛いです」「子供がこんなことができるようになりました」「子供とこんな風に過ごせて、幸せです」という投稿。育児がうまくいかずにイライラしている私にとって、このような投稿を読むのは、とても辛かった。「子供とこんなことして、とても幸せです!」という投稿を読むたびに、・私はこんなことする体力がない・こんな風にしてもらえない子供はかわいそうだ・私は本当にダメな母親だ・普通にこんな風にするはずなのに、私はなぜできないと自分はダメだダメだ、と思わされる言葉が次から次へと浮かび、心底落ち込んで、そして、機嫌が悪くなり、夫や娘に八つ当たり、、、。このループにはまっていました。ーーー「こんなに気持ちが荒れるのだから、読まないようにしよう」こう考えて、読まないようにします。でも、社会との接点がほとんどなかった私にとって、FBとの繋がりは、唯一の社会を知れる場となっていて、「読まない」ことが続かない。結局、FBを読んでは落ち込み、落ち込むのはやめようと考えて、FBを読むのをやめて、でも、やめられなくて、またFBを読んで、落ち込んで、、、。こんなことをずっと繰り返していました。ーーーあれから徐々に社会復帰もし、この時ほど、SNS漬けになってはいませんでしたが、FBのチェックは日課でした。それが、SNSとの付き合い方を本気で考えよう、と思ったのは、2018年の地元広島で起きた豪雨災害の時でした。私の住んでいる地域は幸いなことに、ほとんど影響はなかったのですが、朝起きて、いつものように、FBを見ると、この災害の様子がどんどん投稿されていました。食い入るように読みました。自然に、投稿した方の気持ちを考えたり、災害にあって亡くなった方のことを想ったりしているうちに、体がずーんと重くなったような感じになって、ひどい頭痛がし、悪寒がしました。後から聞いた話ですが、災害のニュース映像やSNSの投稿を見て、同じように体を不調を訴える人は多くいらっしゃったようで、私もその中の1人でした。「私は影響を受けやすいようだ。自分を守るためにも、SNSとの距離感をちゃんと考えなければならない」そして、スマホの画面からFBのアイコンを消しました。びっくりするくらい、私の日常生活になんの支障もありませんでした。ーーー今でも、FBを読んだり、投稿もします。するのはPCからです。・PCを開いて・写真をスマホからPCに送って・FBに投稿するわざわざPCを開くことは、手間です。なので、本当に投稿したいときや必要があるときにしか、FBは開かないように、自然になりました。ーーーFBやその他のSNSの投稿を読んで、時には、気持ちが乱されることもあります。が、その時は、「このざわざわ、あえて感じる必要ない」と閉じています。その大きなきっかけが、スマホの画面からFBのアイコンを消したことでした。SNSとどう付き合っていくか、それは親である自分が体験して、子供にも教えることができるなあ、と最近、考えています。

  • 30Oct
    • 「人に頼ること=愛情不足ではないよ!」 〜子育てはこわい〜

      この言葉、子育てに苦しんでいた自分に言ってあげたい言葉の1つです。世の中には、「母の愛」がどんなにすばらしいかを讃える物語、歌詞、ニュースであふれています。・お母さんが夜遅くまで起きて、子供のためにがんばること・子供のために全てを犠牲にすること自・分の夢を子供にたくすこと・・・美談で語られることが多い。他の誰にも頼らずに、お母さん一人でがんばる姿が美しい、という考えもあります。そして、私もこの考えに”洗脳”されていました。「手伝って」「やり方わからない、教えて」「助けて」と言えば、周りにはそうしてくれる人はいたし、実際に手伝ってもらいました。それでうまく回るなら、問題ないじゃない!、、今はそう思います。 でも、実際は、次のように感じてました。「母として、私は役立たずだ」という情けなさ。「他の人は一人できることがどうして私にはできないの?」という敗北感。この情けない思いと敗北感がぐるぐると頭を周り、「母として、私は何かが欠けている」と考え、その答えは「愛情」「母性」に行き着きました。育児でうまくいかないことがあるたびに「私は愛情が足りない」「母性をどこかに置き忘れたようだ」と思っていました。ーーー例えば、重い荷物を持っているとします。側に人がいたら、「半分持って」と頼みます。私は楽になります。でも、それが子育てだとそうはいかない。子育てには「母の愛」と「母性」がくっついているから、「重い荷物持って」のようにはいかない。「重い荷物を持って」と頼んだ人のことは「母の愛」や「母性」が欠けている、とは思わないのに、何か差があるんだろうか?「子育てと重い荷物を一緒にしてはいけない」という考えがあるとしたら、どうして一緒にしたらいけないんだろう?だって、どちらも、頼んで手伝ってもらったら、お母さんは楽になるのに。世の中の根拠のない観念や思い込みは怖いです。ーーー私はもともと人に頼むのは得意じゃないので、頼む時は、本当にドキドキしますが、頼んで、私が心身ともに楽になって、笑顔になれるのなら、頼むちょっとのドキドキの方を選択します。そして、それと「母の愛」「母性」は全く関係がない、と声を大にして言いたいです。

  • 27Oct
    • 「あなたのために時間を使うのよ」〜母としての再教育〜

      娘が幼稚園に通うようになり、私には自由時間が増えました。「自分のやりたいことしよう〜!」と私は大いに喜び、、、。いえ、実は、全くそんな風に思えませんでした。「娘を3時にはお迎えに行かなければならない。その後、娘は園庭で遊ぶだろう。その間、私はその場にいないといけない。遊ばずにすぐに帰るかもしれないけど、家で『遊ぼう遊ぼう』と誘ってくるだろう。どっちにしても体力がいる。娘が幼稚園に行っている間は、体力を温存して、できるだけ家にいよう」娘が生まれてから3年。3年で、私の生活リズムはすっかり娘仕様になっていました。ーーーそんなある日、年上の知り合いから電話がありました。「娘さんも幼稚園に行き始めて、自分の時間が持てるようになってよかったわね」と言われて、「娘のために日中は体力を温存している」と笑いながら答えると、「それは、笑い事じゃないわよ」と続けて、次のように言われました。「あなたの人生よ。あなたのために時間を使わなきゃ。娘さんは大きくなった時、彼女の世界を作ってるの。その世界には、お母さんは必要がないの、残念だけど。その頃には、あなたは自分のための時間を使い方を忘れちゃってるわよ」そして、最後に「自分の世界を作りなさい」と言われました。ーーー言われた時は「そうは言われても、体力を温存しないと」と思って、しばらくは体力温存のために日中は静かに過ごしていたように思います。でも、今、その言葉の意味がよくわかります。10ヶ月、自分のお腹で一緒に過ごした事実。母親は、「子供と私は一心同体」と思ってしまう。いつかは「親離れ」「子離れ」しないといけないと頭ではわかっているけど、なかなかそうするのが難しい。(これだけが理由ではありませんが)娘は今、9歳。すでに自分の世界を作り始めています。まだ「ママ〜」と言ってくれていますが、来年の今頃はその回数はずっと減っているんだろうな、と感じます。ーーー「ママ」「◯◯ちゃんのお母さん」「△△さんの奥さん」この呼び名でない「自分の世界」を作ることは「親離れ」「子離れ」をするためにとても必要なことだと感じています。

  • 26Oct
    • 娘は自分でするようになった「実況中継法」 〜母としての再教育〜

      心配性の娘。「大丈夫かな?」「できるかな?」と答えの出ないことで悩んでいます。親として、「大丈夫だよ」と迂闊に返事もできないし、「そんなこと、考えないようにしよう」と言えば言うほど、娘はその心配事にとらわれてしまう。その心配事を考えることから抜け出せる実況中継法はとても役に立ちます。(このことについて書いたブログ。https://ameblo.jp/koyumi1971/entry-12529335788.html)ーーー心配事以外でも、娘は学校で見た、戦争の映像の中での怖いシーンを思い出すことがよくあります。怖いシーンを見なかったことにはできませんが、「あのシーン、怖かったな」「あの映画、見たくなかったな」と心の声を口に出して、実況中継することで、怖いシーンはそれ以上「怖く」ならないこと、気持ちが落ち着くことを、娘は実感しているようでした。ーーーそんなある日、娘が「あ、あれやろう」と言って、「あのシーン、怖かったな」とブツブツ言っていることに気づきました。「娘ちゃん、ひょっとして、あれ、やってるの?」と私。「うん、やってる」と娘。「あれ、効果ある?」と私が聞くと、「うん、なんかやると、忘れるー」と娘。娘は感受性が強くて、戦争の悲惨な場面を見ると、なんども思い出すようです。「無理して見なくてもいいんだよ」と言うと、「みんな見てるのに、私だけ見ないのは嫌」と娘。娘の意見を尊重していますが、なんども思い出すのは辛そうだなと思っていました。ですが、その対処法を自分で身につけて、本当にすごいなと思ったのです。ーーー子供のうちから、セルフヒーリングを身につけ、自分仕様で使いこなせるようになることは、「生きづらい」と感じる回数自体を減らすことにつながります。親として、我が子に合う、効果のある方法を提示してあげることの大切さを教えてもらいました。

  • 25Oct
    • いいかげんは、良い加減 〜母としての再教育〜

      私と同い年、そして、3人目のお子さんと娘が同い年、ということで、仲良くしていたママ友がいました。もともと知り合いだったのですが、疎遠になっていて、でも、何かの会合で偶然再会して、お互い、子育ての大変さを話すうちに、お宅にも遊びに行くようになりました。当時の私は、気分の浮き沈みが激しくて、落ち込む日はとことん落ち込んでいた、そんな時期でした。例えば、娘に、ちょっと注意しようと思って、口にすると、批判や非難が止まらなくなる。こんな、嫌なことを言うはずではなかったのにどうして?と後から、延々後悔。「ダメな母親だ」と心底落ち込み、自分をバッシングして、半日くらい起き上がれない日もあったのです。落ち込んでいることをあんまり知られたくない、でも、誰かに聞いてほしい。、、そんなときは、そのママ友に「今日、娘のこと、怒っちゃった。ダメだよねー」とあくまで、明るくメッセージをしていました。そんなことが数回あった時、このママ友が返信でくれた言葉。「私もだけど、八納さんもまじめだからねー。 ”いいかげん”は”良い加減”なんだって。 まじめな人はそれくらいでいいんだって」ーーー娘にちょっと注意しようとしていたこと。それは、例えば、「好き嫌いなく、食べなさい」「パンやパスタだけでなくて、お野菜も食べなさい。お皿に盛ったお野菜、全部食べなさい。お肉だけじゃなくて、お魚も食べなさい」全然、”ちょっと”の注意ではない。でも、ちゃんと食べないと、娘の健康が心配。(本当に?)娘をちゃんと食べる子にできない私が非難される。(誰に?周りに?周りって誰?母親?ママ友?)いや、私自身にだ。自分の注意を正当化すればするほど、「娘ちゃんのためじゃなくて、自分のためでしょ?」と言う自分が見え隠れして、それを打ち消すために、娘に「食べなさい!」を連呼していたように思います。ーーーそんな時のママ友の「いいかげんは良い加減」。この言葉に対しても、「どの辺がいいかげん?どの辺りまでが良い加減?」と頭で考えていましたが(苦笑)、あれから長い年月をかけて、やっと自分なりの「いいかげん」が分かってきた気がします。たまには冷凍食品もいいね。たまにはファーストフードもいいね。たまにはお菓子祭りもいいね。たまにはアイスまみれもいいね。毎日じゃないんだし!自分が「いいね」が言えることが「良い加減」。このママ友とは、今は疎遠になっていますが、「いいかげんは良い加減」を教えてくれた大事な人です。昨夜、急に思い出しました。こんな風に、助けてくれる人とたくさん出会ってるんだなーと今更ながら、思います。

  • 23Oct
    • 有料配信がスタートしました! 「吉濱ツトムさんに聞く目からウロコの子育て術~」

      <有料音声配信、スタートしました!カウンセラー 吉濱ツトムさんへの単独インタビュー音声「がんばっているお母さんへ 〜吉濱ツトムさんに聞く目からウロコの子育て術〜」>カウンセラーの吉濱ツトムさんへの、子育てについてのインタビューの有料配信の準備が整いました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「がんばっているお母さんへ~吉濱ツトムさんに聞く目からウロコの子育て術~」(通称:「目からウロコの子育て術」)の有料音声配信。お申し込みはこちら。https://1lejend.com/c/DkKK/NfWg/0SYSV/ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー先日、お子さんの子育てで、私と同じようにすごく悩んだ経験のあるお母さんと話す機会がありました。「さとかさんも、たくさん悩まれたんですね。でも、あの時って、どんどん悩んでいく自分を止めようがなかったです」私もそうでした。・子供が小さいと外に出かけるのも億劫になる・他のお母さんは子育てを楽しんでいるように感じる・子育てがうまくいっていないのは、自分だけのような感じがして落ち込む・いろいろな情報に翻弄されて、情報通りにいかないことにまた、落ち込む・ますます殻に閉じこもるある意味、社会から隔離されたような状態で、子供にだけ向き合っていると、本当に孤独で、一人だけでがんばっているのではないか?との不安を感じ、特に身内の言葉は素直に聞けない状態になっていました。それでも、ふっと落ち着いた時に、「子育て、よくがんばってるよ」「数値的にも証明されているこういう子育て法があるよ」ということを知っていたら、状況は変わるきっかけになっていたかもしれない、と思います。毎回、吉濱さんにインタビューするたびに、あの時のいろんな感情を感じます。全12回配信予定です。私は心理カウンセラー、妻、母親の3つの側面から、生きづらさを感じている女性、お母さんに役に立つような情報をお届けします。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「がんばっているお母さんへ~吉濱ツトムさんに聞く目からウロコの子育て術~」(通称:「目からウロコの子育て術」)の有料音声配信。お申し込みはこちら。https://1lejend.com/c/DkKK/NfWg/0SYSV/ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  • 03Oct
    • 兄弟姉妹間でケンカした時は、、、 〜母としての再教育〜

      「兄弟(姉妹)の場合、ケンカすると、つい、上の子を叱ってしまいますが、下の子もちゃんと叱ることが大切です」娘の園長先生の言葉です。ーーー自分の子供の頃のことを思い出しました。私には3歳下の弟がいますが、「お姉ちゃんだから」という理由で、ケンカのたびに、叱られるのは私でした。決して優しい姉ではなかったので(ごめんよ、弟よ)ケンカの原因が、明らかに「私だ」というときもありましたが、例えば、・私が読んでいたマンガを弟が横取りして読む・弟がテレビのチャンネルを勝手に変える・私のノートに弟がいたずら書きをするそんな時も、「お姉ちゃんなんだから、我慢して許してあげなさい」「お姉ちゃんなんだから、弟に譲ってあげなさい」と言われるのは、子ども心に納得がいきませんでした。ーーーお子さんが複数いるお母さんがたも、「兄弟(姉妹)げんかした時、上の子は仏頂面で、下の子はしくしく泣いていて、すると、お兄ちゃん(お姉ちゃん)を叱ってしまうのよねー」「下の子は、ついつい、甘やかしてしまう。 分かってるんだけどねー」と口を揃えておっしゃいます。ーーー「下の子は、お兄ちゃんやお姉ちゃんが、親がいつ、どんな時に怒られるか、よーく見てます。だから、親は状況をよく見て、下の子も、叱るときはちゃんと叱ってくださいね」と園長先生。ーーー娘は一人っ子なので、これを聞いたときは、「兄弟がいると、こういうことも気をつけないといけないんだなあ」と、どこか他人事で聞いていたんですが、似たようなことがありました。それは、家に遊びに来た娘の友達と娘がケンカした時。私は理由も聞かずに、娘を叱りました。娘は「私は悪くない!」と猛攻撃。理由を聞くと、娘が「このペンは使わないでね」と言ったペンを、その友達が勝手に使ってしまったのが、ケンカの原因でした。娘は口調も強いし、一人っ子で我慢できない、と思い込んでいたことと、私が、娘の友達を叱るのを遠慮していた。その結果、理由も聞かずに娘を叱ったわけです。コトが起きた時に、冷静に対処するのは、難しい時もありますが、色メガネなしで見ることは、大事だな、と実感したことでした。

  • 01Oct
    • 一人っ子は育てるのは難しい 〜母としての再教育〜

      「一人っ子は育てるのは難しいんですよ」娘が通っていた幼稚園の園長先生の言葉です。娘の通っていた幼稚園は、悩んでいることをざっくばらんに相談し合う時間が定期的にあり、その中で発された言葉でした。娘は一人っ子。そして、同じクラスには一人っ子が多かったので、一人っ子お母さん同士で目配せしながら、「えー!」「本当ですかー?」と声を発してました。園長先生、曰く、「一人っ子は、兄弟姉妹がいない。 兄弟姉妹がいれば、多くの場合、 自然に身につく、・我慢する・物を譲るは、身につきにくい。それは、一人っ子の場合、周りが全員大人という状況が生まれやすく、それが、おじちゃんやおばあちゃんだと、「かわいい」が先行して、わがままで、自分本位になってしまうから」確かに、、、。娘は、私の方では初孫で、夫の方でも、久しぶりの孫なので、それはそれは、甘やかされていました。実家にしばらく泊まってくると、「娘ちゃんよ、地球はあなた中心に回っているのかな?」と言いたくなるほど、わがままちゃんになって、帰宅しました。そうならないための方法は2つ。1つ目は、・兄弟喧嘩できるような、 同じ年頃のお子さんと 定期的な触れ合いを持つ喧嘩の後の「仲直り」が大切。そして、親同士も、遠慮せずにそれぞれの子供を叱れることも大切。2つ目は、・親に言えないことが言える大人の存在年頃になると、親よりも、兄弟姉妹同士で話すことも増えます。また、思春期になると、親だとイライラして、素直に話せないこともある。そんな時、とても親身になってくれるちょっと年上(ウンと年上でもいい)大人の人がいると、「逃げ場」になる、とのこと。ーーーお話を伺った時は、まだピンときてませんでしたが、9歳の娘にとって、最近、「一人で行きたい」と宣言して、一人で通い始めたピアノの先生がその大人に当たるかな、と思います。「先生と女子トークした!」と楽しげに報告してくれます。ーーー娘が小さくて、私にべったりの時は、「一人の時間が欲しい、、、」と思っていたのに、自立をちょっとでも感じると、「もうちょっと一緒にいたい」と思う時もあって、つくづく、私は勝手な生き物だと思います。親としてできることは1つ。「親からの自立」を支援できる親でありたい。そして、私自身も「子供からの自立」を意識して過ごす。一気には難しいから、今からちょっとずつ。そんなことを思っています。

  • 26Sep
    • 5分でもいいのでリラックスタイムを取って! 〜子育てはこわい〜

      育児に悩み、翻弄され、疲れ切ってうつうつとしていた状態を解消するために、「5分でもいいので、子供と離れる時間を取って!」と言われました。「絶対にできない!」と思いました。子供と離れると寂しい、とか、子供と一緒にいないと心配、とかではありません。出産後、心身も不調で、友人との連絡も途絶えがちで、自営のカウンセリングも開店休業状態。「社会復帰って本当にできるんだろうか?」との考えが頭に浮かぶも、考えないようにしよう、と思っていたこの時期。娘から離れて、お茶を飲む。ウィンドーショッピングする。本を読む。テレビを見る。そうしている時間、私は「母親」ではない。(←そもそも、この発想が変なんだけど)じゃあ、何者でいたらいいの?と思ったのです。お茶飲んでても、テレビ見てても、「母親は母親でしょ?」です。でも、母親として、育児をしていないと「働いてもないのに、育児もしないなんて、何にもしていないじゃん!」と自分を責めてしまって、髪を切る、とか、夕食の買い出し、などの真っ当な理由がないのに、育児をせずに、自分のための時間を使うことは、本当に長い間、できませんでした。ーーー私の場合は、家族から「取りなさい」と言われ、半ば強引に自分時間を取ることになったのですが、初めのころは、精神的にきつかったです。いつもは考えないようにしていた「社会復帰できるのか?」や「私は社会の役に立っているか?」と延々考えていました。ーーーそれでも、無理やりでも、「自由時間」を過ごしていくと、熟睡したり、紅茶を好きなことを思い出して、紅茶を入れてみたり、メールのチェックをして返信したり、思ったことをPCに打ち込んだり、だんだん、だんだん、自由時間は、本物の自由時間はなっていきました。ーーー常に子供のそばにいたら、それが当たり前になって、それしか受け入れられなくなる。子供が関わっているから、子育てに関しては、余計にそうなると思います。「当たり前」は自分で作り上げた「当たり前」かもしれない。「当たり前」と信じていることから、ちょっと外れたことをやってみる。それが、生きづらさから抜ける方法の1つかもしれない、と考えます。

  • 24Sep
    • 子供にもできる「実況中継法」 〜母としての再教育〜

      ネガティブ思考を止める効果的な手法、それは「実況中継」法。やり方はとても簡単で、頭に浮かぶネガティブな思考を声に出します。(無理な場合は頭の中で)最初のうちは難しいかもしれませんが、やっていくと、ネガティブなことを考えること自体、減っていきます。*詳しくは、こちらをご覧ください。https://ameblo.jp/koyumi1971/entry-12513540841.htmlーーーこの方法、実は、子どもにも効果があります。例えば、我が娘。娘は心配性で、「大丈夫かなあ?」「できるかなあ?」と先に考えすぎて、悪いことを想像して、「ダメかもしれない」と思うことがあるようです。ある日の晩、娘が学校に消しゴム(お気に入り)を忘れてきて、「消しゴムを忘れてきた。多分、学校だと思う。 無くなったらどうしよう?無いかもしれない」と、心配の思考が頭をぐるぐると回っているようでした。そこで、私は次のように言いました。「『消しゴム、学校に忘れてきた』と思ってるって言ってみて」娘:言う。私:『消しゴムが無くなったら、どうしよう』と思ってるって言って。娘:言う。私:他にどんなことを思ってる?娘:「あの消しゴム、気に入ってたのに」と思ってる。私:じゃあ、『あの消しゴム、気に入ってたのに』と思ってるって言って。娘:言う。のような感じで、聞いていき、娘が「もう無い」と言うまで、やりました。ーーー「もう無い」と言った後、娘は、お絵描きを始めました。娘の頭の中からは、「消しゴム」への不安が無くなったようでした。翌朝、「他の消しゴム、持って行こう」と言ったときも、消しゴムが無いことへの不安は感じていないようでした。そして、学校から帰って来て、「ママ、消しゴム、あったよ」と嬉しそうに報告してくれました。ーーー娘が不安になっているとき、その不安を取り除こうと、「そんなこと、起こらないよ」とか「ダメなはずないじゃない」と言ってきましたが、不安は取り除けないばかりか、不安を助長する結果になっていました。この場合、子どもでも、大人でも、人は、「そんなこと、起こるはずがない」と言われれば言われるほど、頭の中で、「それは起きるはずだ」というフレーズが繰り返されるために、現実には起こりそうもないことも、「きっと起こるだろう。起こるはずだ」と、確信に変わってしまいます。ーーー娘に最初に「実況中継法」を行ったのは6歳の時でした。あれから数回行っていますが、毎回、娘の不安は嘘のように消えます。娘もその効果のほどを実感しているようで、「実況中継法」を素直にやっています。

  • 22Sep
    • そもそもの設定が高くない? 〜子育てはこわい〜

      娘を妊娠して、出産までの間、「ステキなお母さん」や「賢いお母さん」系の本や雑誌をいろいろ読み、「めざすはそこ!」と理想像はどんどん高くなりました。「離乳食は、お出汁からしっかり取って、、、」「子守唄がわりにクラシック音楽を聴かせて、、、」「バギーは押しながら、走れるタイプを!」「洋服は全てオーガニックコットン100%のものにして、、、」でも、それって、そもそも本来の自分とかけ離れてない?設定が高すぎない、、、か?実際の私は、こんな感じ。「お出汁って、たまにしか足らないじゃん^^;」「クラシックよりもJ popの方が好きでしょ^^」「走るの大嫌いじゃん!」「あなたの洋服の中のオーガニックコットンを占める割合は何パーセント?」なのに、母になった途端に、今までの私とは違う、とてもステキな女性になろう、いや、子供を生むとそうなれる、と信じていたのです。ーーー昔から、完璧な娘をめざして、そうはなれず、完璧な教師をめざして、そうはなれず、完璧な妻をめざして、そうはなれず、、、で、最後の砦が「完璧な母」で、ここに異常にこだわり、執着をしたのでした。ーーー完璧なんて、ほとんどあり得ないモノをめざして、なれないことに落ち込みことのバカバカしさにずっと気づけずにいたのだな、とも思います。だから、以前は、私は私が嫌いでした。だから、「他に誰かになりたい」と思っていたのだな、と思います。今は、お出汁をたまにしかとらない私も、J popに夢中な私も、走るのが苦手な私も、オーガニックコットンを着ない私も、好きです。自分を好きになると、生きるのは楽です。

  • 21Sep
    • やることは「目に見える形」で掲示する 〜自己改善に取り組む〜

      「あ、やるの、忘れた」「あ、買うの、忘れた」人間だから忘れることもあります。普通なら、「次、忘れないようにしよう」で、おしまいです。でも、私は「忘れた」自分をひどく責めました。「なぜ、忘れた?」「この前も忘れたよね?」「何度忘れたら、気がすむの?」「もう、本当にどうしようもない人だわ」例えば、全財産が入ったカバンをどこかに忘れたとか、会社の重要な資料を家に忘れてきた、など、「それは絶対に忘れてはいけない」ことに対してならこのように自分を責めるのも納得がいきます。でも、「買い物でストローを買い忘れた」とか「朝、サプリを飲み忘れた」とか、いつでも、やり直しがきくことに、自分をひどくバッシングしました。自分バッシングは、体力も気力も消耗して、やる気をなくします。「絶対に、覚えておく!!」と心に誓うのですが、心に誓っただけでは、忘れることを防ぐことはできず、「忘れる→自分バッシング」のループを止めることはできませんでした。これは、育児ノイローゼから、徐々に回復して、家事や育児を自分でやっていこうと思う頃に頻繁に起こっていたことでした。ーーー私は、仕事関連のことは、スマホのカレンダーに打ち込み、いつもでチェックしていました。なのに、家での、家事、育児、体のメンテナンス関連、などに関しては、頭の中に記憶しなければ、と思っていたのです。「あ、メモすればいいんだ」忘れない仕組みを作ること。とても簡単なことでした。ーーー大きめのポストイットを用意して、「起きたら、サプリを飲む」とか「明日は娘はお弁当必要」など書いて、朝起きて、必ず立ち寄る場所に貼ります。(私はキッチンのシンクに貼り付けました)読めば、サプリは飲むし、お弁当も作ります。「できた」ことが増えました。当たり前なのですが、この「できた」という達成感は、私の心を平安にし、やる気にもつながりました。また、ポストイットを書くのも、「後で書こう」と思ったら、忘れてしまうので、やることを発見したらすぐ、書くようにしました。ーーーノイローゼの頃は、脳の機能が衰えていました。特に、記憶することに影響が出ていたように思います。(他にもいろいろ影響しましたが)ポストイットに書くことを今でも続けていて、例えば、サプリを飲むことは習慣になったので、書く必要がなくなりました。娘のお弁当などの突発的なことは、今でも書いています。ーーー記憶力を上げるトレーニングもありますが、効果が出るのに、数ヶ月かかります。やることを「目に見える形」で掲示する。自分バッシングをしなくなったのが、精神衛生上、よかったです。

  • 19Sep
    • シクラメン。しばらくは、見たくない花でした 〜子育てはこわい〜

      シクラメン。しばらくの間、この花を見たくなかったです。それは、育児ノイローゼが一番ひどい時に、母が「気分が和めば」と買ってきてくれた花だからです。娘が生まれて、ちょうど半年経った頃でした。娘が生まれてすぐから2、3ヶ月までの頃は、私が子育てにあたふたして、余裕がないことに、「まだ、子育てに慣れていないんだろう」と、私も、家族も、思っていました。「もうちょっと経てば、きっと子育てに慣れて、落ち着くだろう」と。でも、3ヶ月が過ぎ、4ヶ月、5ヶ月が過ぎても、一向に子育てに慣れず、それどころか、だんだんイライラがひどくなって、表情がなくなって、引きこもるようになった私の状態に、私自身も落胆し、家族も落胆しているようでした。家族が私に気を使っていろいろやってくれることがとても腹立たしくて、好意として、まったく受け取れなくなっていました。「きれいな花を見れば、気持ちが晴れるかも」と母が買って来てくれたシクラメン。私は、「花の世話まで、する余裕は私にはない」「そもそも花なんて、好きじゃない」「こんな余計なことをするな」と母に言い、持って帰らせたのです。書きながら、我ながら本当にひどいと思います。そのあとに、ガッガリした様子で帰る母の後ろ姿を思い出し、「なんてひどいことを言うんだ私は」と反省する私と「事実、花なんて育てる余裕がないんだから、仕方がないじゃないか」と自分の行為を正当化する自分が交互に出て来て、感情が乱高下しました。ーーーノイローゼから復活しても、しばらくの間(少なくても数年間)、冬になると、花屋の店頭に並ぶシクラメンを見るのはとても辛かったです。あの時のやりきれない感情を思い出すからです。ただ、花の水やりをするのさえも億劫に感じていた当時の私を、「本当にギリギリだったんだなあ」とも思います。だからと言って、母に対する発言を正当化するつもりはありませんが、「よくがんばったよ」と、今は、非難よりもねぎらう言葉が出てきます。ーーーもう少し経つと、シクラメンを見る機会が増えます。今年は、前の年よりも落ち着いて見ることができるかな?そんな風に思っています。

  • 17Sep
    • 行く場所をきちんと伝えてパニック防止編 〜母としての再教育〜

      娘が3歳くらいから6歳くらいまでの頃、行き先が変わることをひどく嫌がりました。例えば、スイミングの教室に行く。その途中に、クリーニング店があるので、寄ろうと思い、車を止めると、「いやだー!」と泣き叫ぶのです。「ちょっと寄るだけで、ちゃんとスイミングに行くのに、どうしてこんなに嫌がるんだろう?」そして、次のような対処法を知りました。・どこかに行く前に、ちゃんと行き先を伝える。例えば、「スイミングに行く前に、途中でクリーニング店に寄ります。道はここを通ります」それまで事前に伝えたことはなかったし、考えたこともありませんでした。子供の中には、・変更がひどく苦手な子がいる・そのせいで、パニックを起こす子供もいると知り、娘にもその傾向があったのです。でも、ちょっと考えると、「私も途中変更や急な計画変更は苦手で、それだけでいやな気分になる。しかも、それを告げられなかったら、腹をたてるレベル」それからは、娘には行き先を告げ、途中で寄るところがあるときは、事前に伝えました。また、娘がなぜ、スイミングに行く途中で、どこかに立ち寄ることを嫌がるのか、には、もう1つ理由があることもわかりました。それは「遅刻するのがいや」だったのです。娘は人一倍、「遅れる」ことをいやがりました。「後から入ると、(人の注目を浴びて)恥ずかしい」とよく言っていました。途中に立ち寄ると、スイミングに遅れるのではないか?との心配もあって、泣いて抵抗していたようでした。なので、「途中で、クリーニング店に行っても、◯時◯分には着くよ。スイミングの10分前には着きます」との情報も合わせて伝えるようにしました。おかげで、娘は途中で立ち寄っても、以前のように泣き叫ぶことはなくなりました。「えー、行くのー?」と言うこともありましたが、立ち寄っても、時間に遅れないんだ、とわかるにつれ、何も言わなくなりました。そして、・目的地に着いたら、うんと褒める。「よく我慢できたね。お母さん、うれしいよ」褒めることまでがセットです。ーーー「子供は、黙って、親についてくるべき」なぜか、当たり前だと思っていたこと。でも、親の都合で、目的地を変更されて、しかも何も言ってもらえなかったら、「どこに行くんだろう?」といやな気持ちになるのは当たり前。「親子だから」だけでなく、「夫婦だから」「分かり合えているから」と親しいからこそ、コミュニケーションを取ることの大切さを感じています。

  • 15Sep
    • 抵抗感のあった冷凍食品を使ってみたら 〜母としての再教育〜

      「今は、昔と違って、悪いものは使ってないんだから、冷凍食品も使っていいんだよ」と、吉濱ツトムさん。私は料理をするのはけっこう好きで、そんなに苦でもないのですが、どうしてもうまく作れないものがあります。それは「ドリア」。娘が好きで、よく夕食にリクエストされ、挑戦するのですが、毎回、「おいしくない」の感想。火加減か、混ぜ具合か、何が原因がわかりませんが、ご飯がソースを吸いすぎて、こってり、コクコクになるのです。さすがに、何回も「おいしくない」と言うのは、娘も悪いと思ったのか、「ママ、ごめんね」と言うようになり、私もがっかりするし、「がんばって作ったのに、、、」とどうしても不機嫌になるし、精神衛生上、よくないなあ、と思っていました。それでも、副菜ならまだしも、主となるドリアを冷凍食品にするのは、すごい罪悪感。「冷凍食品を使うのは、母として失格」のイメージがどうしてもありました。そんな風に心の中で葛藤していた時、娘とスーパーで冷凍食品売り場に、娘ごのみのドリアがあるのを発見しました。「買ってみる?」と私。「うん!」と娘。娘はこの冷凍食品ドリアをたいへん気に入って、完食でした。うーん、、、。正直、なにか、敗北したような、悔しいような、今までの努力はなんだったんだろう、という無力というか、、、。いろんな感情が出ました。が、完食して、大満足の娘の笑顔を見ると、「温め時間たった5分で、娘、この笑顔。全部の食事じゃないんだから、たまにはいいよね」と自然に思えて、私も笑顔で食べました。すごくおいしかったです。レストランの味でした。  ーーー「手作りの方が、愛情を感じるはず」。これって、女性に脈々と受け継がれている考えだと思います。でも、愛情かけて作っても、まずいものはまずい。それを「一生懸命作ったんだから、食べなさい!」というのは、愛情の押し付け。自分の感情はひとまず置いておいて、世の中にある便利なものを使ったら、笑顔がやって来た。これからも、世の中の便利なものと上手に付き合っていこう、って思いました。

  • 13Sep
    • 私よりも私のことを信じてくれていた人たち 〜子育てはこわい〜

      育児ノイローゼがひどいとき、「よくなった自分」「回復した自分」を想像することは全くできませんでした。その逆で、「いつまでも回復しない自分」をいつも想像していました。それは単なる想像なのに、ひどくリアルで、考えるとより憂鬱になり、ますますノイローゼの状態は悪化しました。主人は私の状態がとても不安で、家族ぐるみで親しくしていて、困っているときはいつも助けてくださっていた、年上のご夫婦に相談していました。「絶対によくなるから」と、主人をいつも励ましてくださっていました。私は「人に知られるにはイヤなのに、なぜ、相談した??」と主人をひどく責めました。そして、この「絶対によくなる」という言葉に対して、・根拠は何?・よくなる未来が見えないんだから、無理・こんなこと、確信がないのに、言わないでほしいと、その年上のご夫婦、ご本人たちの前で怒りながら、暴言を吐いてしまったこともありました。このとき、泣いて助けを求められたら、よかった、、、。でも、それは「負けた」ようで、どうしてもできなかった。人の好意を受け取れないイヤな奴で、本当に恥ずかしいと思いますが、どうしようもない感情をぶつけることしかできなかったです。そんな私に「そんなに信用できないのなら、出て行ってください」と言われました。私はショックを受けながらも、「出て行ってやる!」と思いました。すると、ご夫妻は泣きながら、「大丈夫。大丈夫だから」とぎゅっと抱きしめてくださいました。私は「勝手なこと言って!」と思いながらも、目から涙が出てきて、「悲しい。私、どうして、こんなになっちゃったんだろう」と思ったことをよく覚えています。ーーーあれから、玉ねぎの薄皮を剥くように、だんだんと、だんだんと、回復しました。そのご夫婦とは、そのあともお付き合いは続いています。あんな暴言を吐いた私に対して、何事もなかったかのように接してくださることに、言葉では言い尽くせないくらいの感謝を感じています。ーーーあの「絶対によくなる」という言葉、主人はこの言葉があったから、ずっとそばにいて、私の回復を信じることができた、と言います。ーーー秋を感じる日。ノイローゼの時は、「でも、私は出かけられない」と恨んでいました。今は「風が心地いい」と言える。「絶対によくなる」と私よりも、私の回復を信じてくれた人たちがいるから、今の私はいます。そのことはずっと胸に留めています。

  • 08Sep
    • できたことを書き留める編 〜自己改善に取り組む〜

      「私、何にも達成できていない気がして、、、。自分のこともちっとも認められないし、、、。」吉濱ツトムさんにこう話すと、「完璧主義で、神経質な人の典型。世の中で、すべてが達成できている人はいない。それを悩むのが、真面目な証拠」「できたこととできないことは半分ずつ経験している。できたことにも目を向けることで、初めて、自分を客観視できる。『客観視』は人生を楽にする上で、とても大切」と言われました。そして、できたことをノートにつけることを勧められました。・自分が『できた』と思うことを1日1つ見つけて、ノートに書く。・ノートに書いたことを何度も読む。愛読書のように。ーーーでも、いざ書こうとすると、とても難しい、と感じました。なぜ、難しいのか?それは、今まで自分の「できた」ことに目を向けたことがなかったので、「何ができたことに値するのか」がわからなかったからです。「できたことの基準は何にしよう?」と、考えた結果、自分の考え方や行動が「こんな風にいい方向に変わった」と思うようなことを見つけて、書くようにしました。ーーーこのノートを書き始めて、一番変わったこと。それは、それまで自分の「できない」ところばかりに意識がいって、「あれができない」「これもできない」と自分を非難していたのが、「考えや行動がいい方向に変わった」ことを1日1つ見つける、と決めたことで、「今までなら、自分を非難していたけど、 そんなに非難するのはやめよう」と思うようになったことでした。 ↑こういう風に考えるようになったこと自体、それまでの私には、考えられないことだったので、もちろん、「できたことノート」に書きました。、、、というような、パターンブレイクが生まれました。ただ、日によっては、そんな考えも忘れて、今までのように、自分を非難してしまうこともありました。でも、「変化を見つける」という回路はできていたようで、必要以上に自分を非難していることに途中で気づき、「あ、今、気づいた。非難するの、やめよう。 これ、「できたことノート」に書こう」と、ちょっとでも「変わったな」と思うことを書くようになりました。ーーーこの時期は、まだまだ気持ちが安定していなくて、気分がどーんと落ちることもありました。でも、このノートを読むことを日課にしていたので、読むと、「ああ、こんなこともあった」「そうそう、私、がんばってるじゃん」と自分を客観的に見れて、落ち込みから回復できるようにもなったのです。ーーー書き始めて、ちょうど半年で、自分を必要以上に非難することもなくなり、日常的に「よくがんばったね」と自分自身を労うようにもなり、気分がどーんと落ち込むことは全くなくなり、「できたこと」ノートを書くことは自然にストップしました。今でも、時おり読み返しては、「こんな風に変化してきたんだなー。 がんばったね、私」と声をかけています。このノートは宝物です。

  • 05Sep
    • 娘の「才能日記」をつける 〜母としての再教育〜

      「発達障害の人にとって、大人になった時に、一番困るのが仕事。自分にどんな才能があって、どんなことに向いているかは、仕事に就く上でとても重要」「子供が小さい頃から、親が才能について書いてあげていたら、子供はすごく助かる。親は大変だけど。18歳の誕生日にプレゼントしてあげたら、これ以上のプレゼントはない」吉濱ツトムさんが講演会で話されたことです。お話を伺いながら、「これって、発達障害の人だけの話ではない。大好きなことや自分の才能を見つけるためのセミナーや講演会は、とても多い。私もどんな才能があって、どんなことに向いているか、わからない時期があったから」その重要性が分かっても、「難しそう、、。書けるかな?続けられるかな?」となかなか始められず、実際に始めたのは話を伺って、6ヶ月経った、娘の誕生日の日でした。とにかく、続けることを第一優先とし、選んだノートは「3年日記」。1日5行。書き始めて、「これなら、続けられる!」と思いました。書く内容は、・娘が上手なこと、得意なこと、これは才能だと思うこと・おもしろエピソード・親子、友達や祖父母間でのおもしろ会話・これまでとは違う考え方や行動(成長を感じるような)です。実際に、書くようになって、一番変わったのは、「今日の娘ちゃんはどんな様子かな?」と、娘と一緒にいる時間をとても意識するようになったことです。それまで、なんとなく聞いていた「学校でね」話も「今日は、どんな新しいことを経験したのかな?」と、興味津々で聞くようになりました。書き始めて、3年目になります。18歳の誕生日まで、あと9年。最初の頃は、書き忘れてしまって、続けられるどうか、心配になることもありましたが、最近は、書くことがありすぎて、そんな心配はなくなりました。「書いたことが彼女の将来に役立つかもしれない!」これが最初に、書き始めた動機ですが、この日記を読み返すと、娘の成長を感じられて、そのことが「うれしいな」と素直に思います。=======================<人知れず子育てに悩んでいるお母さんへ>吉濱ツトムさんへの単独インタビュー配信記念。9/7まで、45分間の無料音声プレゼント中です。詳細、お申し込みは、こちらをご覧ください。https://peraichi.com/landing_pages/view/yoshihamaonsei=======================

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