~2007.12月のお話~


移動するにあたり分娩室まで歩けるか聞かれました。

即答で「歩けません」と答ると車椅子を用意してくれました。

その間旦那は立会いのため別の入り口から分娩室に入り

手術着に着替えるよう指示されていたようです。


分娩室につくとまだ準備ができておらず

1秒でも早く産みたい苛立ちがつのります。

準備ができて、旦那も分娩室に入ってきて

ようやく自分が分娩台にあがってもいいといわれたとき

「やっといきんでもいいんですね…」と言葉が漏れました。


…そのときの自分にとっては産むことよりもいきむことの方が

大事だったのかといいたくなる目先しか見えてない言葉ですね(笑)


分娩台にあがると、今度は陣痛の波が来たら

おへそを見ながら息が続く限りいきんでくださいと指示を受けます。

あぁ…ありがたいお言葉。



助産師さんたちの「そのいきみかた上手よ!」

「髪の毛が見えてるわよ!」の言葉に励まされつつ

いきむもののなかなか赤ちゃんは出てきてくれません。



「次いきんで出てこなかったら会陰を切ってもらうからね」

と助産師さんに言われ、会陰切開にも恐怖を持っていた自分は

それまでにないいきみ力と持続力を発揮したつもりでしたが

…結局出てこず、会陰切開と相成りました。


「陣痛の痛みがすごすぎていつ切ったのかもわからない」

と親も友達も言っていたのでその言葉を頼りに覚悟を決めます。



少し麻酔を打った(らしいですがよくわからない)後で

若い男性医師の「じゃあ切りますよ」の直後股に熱い感覚。



!!!!



うそつき!ママンのうそつき!友達のうそつき!

どういう向きに切ったかまでわかりましたとも。


それまでも陣痛の痛みですごく高い声で「痛い痛い」と

うめいていたものの切られた瞬間「いったっ!!!むかっ」と

とても野太い声が出ました(笑)


痛みの種類で「痛い」の声色も変わるものと新しい発見。

まあ痛いのを紛らわせるにはもっと痛い場所を作ればいい

というのは嘘であることを身をもって実感いたしました。



と会陰の話を膨らませてもしょうがないですね(笑)


会陰を切ってから2度目のいきみで何かが通り抜けた感覚がしました。

そしてほどなく視界に飛び込んでくる赤ちゃんの頭、上半身、下半身。


出てきた!


12/15 未明、ようやく出会えた赤ちゃんは女の子でした。

とても嬉しくはあるのだけれどなぜか実感が沸いて来ません。

産前は産んだときに感動で涙が出るものなのかと思っていたのですが

それもなくただ冷静に産まれたんだ、すごいなあと思っていました。




出てきた直後の赤ちゃんは泣き声をあげず

体内にたまった羊水を吸いだすため口の中へ管が入り

ゆいこは胎内に残った胎盤を出すためのもう一仕事。


胎盤を出すのは外から引っ張る力もあるので分娩よりは楽チンですが

全く痛くないというわけではありませんでした。

陣痛・分娩から比べるとなんでもない痛みですが

我慢できる痛みだと余裕を持って「痛い」と言えます。


どのくらい余裕だったかというと痛がりながら

「会陰切開は痛くないということと、分娩直後は

スッキリしてえもいえぬ快感が来るという話を

母親から聞いていたがこれは嘘だったわ」と

まさに会陰切開をしてくれた先生を前にして

旦那に愚痴っていました。

これも産後ハイのなせるわざだと思います。

まともな状態なら処置をした先生の前でそんなこといえません(笑)


胎盤は10分ほどで出て、そのあと赤ちゃんを抱かせてもらえることに。


カンガルーケアと言って仰向けに寝た母親の胸の上に

うつぶせの赤ちゃんを乗せて直接肌と肌をくっつけることで

精神的なつながりを強めるのだそうです。


確かに…これは…かわいい。


胸の上でかわいらしい泣き声を上げる我が子に

自然とよしよしと頭を撫でる。


じっくり顔を見ているとあの白黒のエコー写真、

目の感じそのままでちょっと感動しました。

まあ本人なので当たり前なのですが(笑)





と、ここまで分娩室に入ってからの旦那の表記が一切ありませんが

旦那は痛みに耐えるゆいこに「頑張れ」と声をかけたり

子を産んだゆいこに「お疲れ様」とねぎらってくれたり












ということはなく終始無言でした(笑)


だーかーらー感情表現というか思ってることは

言いなさいってのにこんなときまで…。




と思って旦那を見たらちょっと涙ぐんでいました。


うん、まあ、いいか。



アップ39週4日の妊婦生活もこれで終了。

ちなみに性別、母親大正解 でしたね。

~2007.12月のお話~


破水をしてからはあわただしく

赤ちゃんの心音を聞く機械を取り付けたり

感染症予防のために抗生物質を飲んだりしました。


内診をしてもらうと赤ちゃんはおりてきていて

卵膜が指に当たるけれども子宮口が7cmしかあいていないため、

分娩室への移動はまだかかりそうだということでした。


あぁ、赤ちゃんは準備万端なのに自分の体のせいでっ!


ともかく力を入れると子宮口が開きにくくなるので

できる限り力を抜いておくよう指示を受けました。



その診断後旦那と再度再会。


ひたすら甘いものが食べたいと言っていたからか

ミスドのリッチドーナツを買ってきてくれていました。

うわーい。


とそのときは手放しで喜べる状態でもないですが。


それでも旦那が来てくれたことで痛みは変わらないんですが

陣痛の波が収まったときには話しかけたりと

少し余裕が生まれたような気がします。


が、うっかり旦那に背を向けて横になってしまい

そこから動けない自分は旦那にずっと背を向けて

話すことになりました。



どうせ背中を向けているなら、と

痛みが来たときに背中をさすってもらっていました。



優しくすりすりでは何の緩和もなく、ひたすら

「もっと強く!もっと強く!」と指示していて

だんなにも体力仕事だったでしょう。

他、楽になるさすりかたを模索して

「こうやってさすってみて」と自分で言っておきながら

そうさすってもらうと「違う!」と拒絶したり

痛みに耐え切れずベッドの鉄の柵をがんがん叩いたり

だんだん自由というか野獣になっていくゆいこ。

旦那の顔は一切見えていなかったのですが

どうしていいのかわからない顔をしていることは

背中からむんむん感じます。


この理不尽さも出産における旦那の負担分

割り切ってしまえる強さが大事だと思いました(笑)



その間もちょこちょこと助産師さんが様子を見に来てくれ

おしりにずーんとくる痛みがあれば呼んでね、と言われたので

「お尻に来ました」

という恥ずかしいセリフのナースコールをしたところ

まだ7cmと進んでおらず辱めだけを受けた(笑)ということを

繰り返したりしつつ破水から2時間が経過していました。

「朝食のときまで産まれなかったらこれを飲んでね」

と助産師さんに抗生物質を渡されたときには

朝までこれが続くのかと絶望的な気持ちになったものです。



そのうちまず尾骨あたりに緩い痛みが来て

その後ぐるんと前に回って下腹全体に痛みが来ていたものに加え

股斜め前方に押される感覚がやってきました。


先ほどは尾骨辺りの痛みの段階で「お尻に来た」コールを

していたのですが、助産師さんの言っていたのは

これだったのかと理解しました。

いきみを逃そうとピアノを弾くように手を曲げたり伸ばしたりして

力を入れないように気をつけているもののいきまずにはいられない。

お尻ではないんですがなんかでそうな感覚。

ていうか多分何か出てました。液体的なものが。

(相変わらず汚い話ですみません)



何度目かのその痛みの時に再度の内診を受けようやく全開、

分娩室へ移動となりました。



アップ次回、ようやく出産

~2007.12月のお話~


陣痛室はベッドと、その両脇に人一人が

ようやく通れる幅のとても狭い部屋でした。

その中で痛みとの戦い。


昨夜、昼間と陣痛が痛い痛いといっていたけれど

その程度の痛みで取り乱してすみませんでしたと

謝りたいほど痛みは増していました。


痛みが来たときに息をゆっくり長く吐いて

力が入るのを逃して!といわれますが




無理!




恥骨もお尻も痛い痛い。

恥骨は折りたたみ携帯のふたのように

ぱかっと取れるんじゃないかと思うほど。


痛みがきているときは全く動けず

母親学級で習った「楽な姿勢を探す」とか

どの体ができるんだ…という気持ちでした。


いつまで続くかわからない痛みはなかなか精神的にくるもので

旦那到着時間という時間がはっきりわかっているものの存在は

とりあえずそこまで耐えようという目安になってとてもありがたかったです。



が、

新幹線の時間から想定した到着時間になっても旦那は来ず。

どうやら



新幹線で隣の席になった外国人と仲良くなる。

降りる駅が同じだったので一緒に降りる。

旦那は在来線乗り換えだったのだが誤って改札を出てしまう。

外国人に関西の旨い物を教えろといわれ551の豚まん(2個入り)を

その外国人と1個ずつ分けて食べる。





んん!?

最後!最後おかしくないですか!?



まあそんなわけで到着の遅れた旦那から

病院に着いたと電話がかかってきました。



「病院内で迷った」

と。



えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!




エレベーターが見つからなかったので階段であがったところ

外来のある階までしか階段がなかったらしくたどり着けなかったようです。

とりあえず入ってきた時間外入り口まで戻っていたら

病院のスタッフの人を見つけたらしく電話は突然切れました。



でもまあ無事着けてよかったとほっと電話を切った瞬間…


下半身に熱い感覚が。




破水だ!




慌ててナースコールを押して助産師さんを呼びます。

ほどなくして陣痛室のドアが開きました。




そこには旦那の姿が。




あんなに待ち焦がれていた旦那の顔を見た瞬間

一番最初に脳裏をよぎった言葉が






「今はあんたじゃない」







そして再開の余韻も全くない状態で助産師さんによって

旦那はいきなり陣痛室から追い出されていきました。



アップそんなコントは今はいらない…

~2007.12月のお話~


入院から8時間。夕方頃旦那からメールが来ました。


「今から向かえることになった!」




ほ、ほんとに!?

テンションが一気に上がります。

こういうことでやる気ってわいてくるものなのですね。




で、ふと気になって電話した内容を覚えているか聞いてみたところ
着信の形跡があるが…と内容を覚えているいないでなく、
電話があったところから覚えていない様子でした。
念のためメールをしておいてよかった…。


下手をすれば

「え?産まれたの?!なんで教えてくれなかったの」

になりかねなかったわけでして…。危ない危ない。




時間の経過とともに痛みは強くなってくるものの

助産師さんからみてあまりお産は進んでいる様子でもなく
とりあえず産婦さんの部屋に移動しましょうか、と
4人部屋へ歩いて移動することになりました。


と、簡単に書いてますが歩くのが本当につらいつらい。

じりじりとしか進めない状態で襲ってくる陣痛の波。
見知らぬ産婦さんに「今が一番つらいとき、頑張って!」と

声をかけてもらいました。

余裕が全くなくて返事ができませんでしたが嬉しいものです。


歩いたりスクワットしたりするとお産が進むらしく
移動させたのはその狙いもあったそうです。


まあいつまでも予備の部屋に入れておけないというのも
あったんでしょうけどね。



4人部屋についたときに2つベッドがあいていました。
どっちがいいか聞かれ

「一歩でも歩かないですむところがいい」と
全く余裕のない理由で入り口に近いベッドを選択しました。


…産んだ後、入り口に近いベッドって人の行き来が激しいので
奥を選べばよかったとこの選択はとても後悔したのですが。


残りの二つのベッドはカーテンがしっかりしめられて
物音もしなかったのでおそらく寝てらっしゃったんでしょう。
邪魔にならないように声を出さないようにしようと思っても
波がくるとどうしてもうめき声をあげてしまいます。
それを逃すために息を大きく吐いてもその音もうるさい。
病室の中に自分の息遣いだけが響く中夕食の時間。



食べ…たい。

でも痛い。

でも食べたい。



少し口にするけれども痛くて食べてる場合じゃない。
あぁ、昼間に完食して驚かれたのはこういうことかと納得しました。


食べてる最中にもうどうにもならなくなって陣痛室へ移動となりました。

とりあえず出産が近く感じられる場所に行くことは喜ばしいものの
「移動」は苦痛。すり足すり足…波が来てうずくまる、の繰り返し。


晩御飯は結局お残しをして下げてもらいましたが
デザートのヨーグルトだけは母親にとっておいてもらいました。
…こんな切羽詰った状況でさえデザートはだいじ。



アップここまで来ると食い意地というよりも意地食いの境地ですね…

~2007.12月のお話~


産婦人科病棟は外側からはロックを解除しないと
入れないシステムになっていました。

母子への病気感染を防ぐための措置なんでしょうかね。


中にはパジャマでうろうろする産婦さんたちが。

あぁ、この人たちはもうすんだんだな…
ととても羨ましいまなざしを向けつつ助産師さんに通された部屋は

予備の部屋でシャワートイレ完備の広い個室でした。



そこで前開きの病院の服に着替えるよう言われ
手渡された緑色の浴衣のようなものに着替えると
入院したという実感が一気に沸いてきました。


痛みは相変わらずやってきます(当たり前ですが)
このころは重い生理の時の痛みと同じ感じでした。
起きてるときは勿論寝てようが目が覚めて苦しむレベルのもので
生理のときなら薬飲んで痛みを紛らわせていたのですが

今は耐えるしかありません。


何かやっていないと痛くて気を紛らわせるために

携帯をずっといじっていました。
そのときに念のため入院したことをさっき話したばかりの旦那に
メールを送っておきました。


そんな中昼食が運ばれてきます。

特に空腹!というわけでもなかったのですが目の前に食べ物が来ると

朝から何も食べていなかったことを思い出します。
これから来るお産のために体力つけなければいけないことを思い
陣痛と陣痛の合間に休み休み食べて完食。
食事を下げにきた助産師さんに全部食べたんだ偉い偉いと褒められました。


あれ…食べないものなの?


久々に味の濃いものが食べられて痛みの合間のちょっと幸せ。


アップ結局ここでも食い意地です