東京すしアカデミー | 出力モード

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アウトプットがインプットの質を高めるのでは?

毎度毎度で恐縮ですが、
日本マーケティング協会発行
「マーケティング・ホライズン」へ
寄稿した文章の転載です。

手抜きをしているわけではないんですが、
まあせっかく書いたので、
もったいない精神でご紹介します。

2014年1月号の特集テーマは
「ニッポンのカナリア」。

込めている思いは以下の通りです。

* * *

長きにわたって「日本の危機」が
叫び続けられる中、
旧来の方法論や生き方の常識から
離れた企業や人物が増えている。

硬直した組織とは距離を置いたり、
海外に活路を見出したり、
新たに生まれ来るビジネスに参入したりと、
そのやり方は様々だ。

昔から「炭坑のカナリア」という言葉がある。

炭坑に入るときに、
毒ガスに敏感なカナリアを連れていくと、
その危機をいち早く察知してくれて、
大変重宝したと言う。

多くの人が気づいていないうちから、
いち早く潮目の変化を感じ取り、
そうした移ろいをネガティブにではなく、
新しい「チャンス」として捉える。

その上で先進的な取り組みをしている者を、
ここでは「カナリア」に喩えてみたい。

もちろん坑内の毒ガスに
やられてしまっては仕方ない。

けれども、ガスのリスクを知りながらも
新たな鉱脈に向かっていく、
そんな炭坑ならぬ「探鉱のカナリア」が
あちこちで生まれているのではないだろうか。

今はまだか弱い存在かもしれない
そんなカナリアこそが、
日本の未来の進むべき道を
先導していってくれるような気がするのだ。

* * *

そして、僕の担当パートとして
「東京すしアカデミー」を取り上げました。

* * *

「和食」がユネスコの
世界無形文化遺産に登録されて、
日本国内ではその注目度が高まっている。

観光業界は、これによって外国人の来日が
増えることを期待しているだろうし、
農業や食品業界の関係者は、
日本産食材の輸出に弾みを付けたいと
目論んでいることだろう。

そんな中、和食における「人材の輸出」と
「技術の輸出」に10年以上も前から
取り組んでいる学校を、ここではご紹介したい。

その学校とは新宿にある
「東京すしアカデミー」だ。

2002年に開校した同校はその名の通り、
「すし職人」を育成することを目的としている。

すし職人になるためには、昔から
「飯炊き3年、握り8年」などと言われるように、
旧来的な徒弟制度の中で
10年近くも修業しなければ
1人前とは見なされない傾向がある。

しかし、そうした封建的・閉鎖的なシステムの結果が、
国内におけるすし職人の圧倒的な不足である。

このままでは脈々と受け継がれてきた
魚の目利きや加工、握りなど、すしの技術も
うまく伝承されていかない可能性すらあるのだ。

一部の高級すし店以外は回転ずし店ばかりが
増殖する現在の国内状況を見ていると、
そうした不安は決して考え過ぎではないだろう。

このような問題点への危機感から
誕生したのが同校である。

ところが、東京すしアカデミーが開校した結果、
「国内すし業界の人材底上げ」という
当初の狙いとは異なる形で、
ユニークな動きが生まれている。

東京すしアカデミーには、
1年間かけてじっくりと技術を
習得していくコースもあれば、
約2ヶ月という短期間で集中的に
学ぶ事ができるコースも用意されている。

これまでに約2,000名の卒業生を送り出しているが、
ここでは2つの数字に注目してみたい。

1つは卒業生のうち、500名以上が
海外において就職しているという点だ。

しかも、その行き先は実に
50カ国以上に及んでいるそうだ。

同校に入学する生徒の7~8割は、
飲食業に従事していない異業種の人材が占めている。

彼らの多くは、留学やワーキングホリデー、
長期出張や駐在で海外生活を経験してきて、
その中で和食やすしという領域に
魅力やビジネスチャンスを見出している。

そして、改めて海外で働きたいと思ったときに、
非常に有効なのが「すしの技術」なのである。

一時のブームではなく、
これだけ和食に対するニーズが
世界のあちこちで高まっている中、
その技術さえ身に付けていれば、
かの地で職を得るには相当有利である。

まだまだ世界で活躍する日本人料理人が
少ない現状では、すしや和食においては
「日本人であること」はそれ自体が
大きな強みと言えるだろう。

同校の提供するカリキュラムによって、
世界の和食店で働く日本人が増えることは、
すなわち「人材を輸出」していることに他ならない。

さらに、東京すしアカデミーに関して
注目したいもう1つの数字とは、
卒業生のうち100名は外国人であるという点だ。

外国においては日本人シェフが
まだまだ不足しているが、
当然ながら外国人にとっても
すしの技術があることは大きな強みとなる。

彼らは飲食業界で仕事をする上で、
すしの技術を持つことで、
より待遇の良い職場での仕事を得られる
可能性があるのだ。

ちなみに、同校に通う外国人の生徒の中には、
すし好きの雇用主を持つ、
自家用ヨットのプライベートシェフが多い
というのも興味深いエピソードだ。

また、現在開講中の2014年1~2月の
2ヶ月コースでは、34名の生徒のうち、
約半数の16人が外国人というのも驚きの数字である。

こうした外国人に対するすしのノウハウの伝達は、
イコール和食の「技術の輸出」と言えるだろう。

東京すしアカデミーは昨年、
海外の第1号としてシンガポール校を開校させた。

技術の輸出に積極的な同校にとっては、
東アジア・東南アジアでも広がる
和食・すしへのブームに対して、
域内の中核都市である
シンガポールに拠点を構えることは
ごく自然なことなのかもしれない。

こうした動きに対して、
保守的な人の中には
眉をひそめる向きもあるはずだ。

「そんなに簡単に本物のすしなんて
握れるようになるわけではない」、
そんな声が一部の「すし通」からは
聞こえてきそうだ。

もちろん彼らは、世界中で急激に増殖する
外国人によるすし店も認めていないことだろう。

けれどもこれだけ「SUSHI」が
世界中でスタンダードな食べ物になりつつある中、
私たちが頑なに「日本人の10年選手」だけしか認めない
というのも無理が生じているのは間違いない。

早くに基礎技術を身につけて、
その後は国内でも海外でも、
オリジナルの「すし」を追求できること。
これこそがすしの未来を
明るくするのではないだろうか。

また、「人材や技術の輸出」というのは、
多くの業界においてそれはすなわち
「流出」を意味して、むしろ避ける傾向が続いてきた。

家電業界ではしきりにそのリスクが
ささやかれてきたのはご承知の通りだ。

もちろん業種によっては
そうした側面があるのは間違いないが、
すべてをクローズにした状態で、
単なる輸出や観光客のインバウンドだけを期待する
というのも虫の良すぎる話なのかもしれない。

こうしたことを考えると、
東京すしアカデミーが行っている、
日本が誇る人材や技術の輸出というのは
非常に先進的な取り組みと言えるはずだ。

すでにグローバルに花開いている
独自の「SUSHI」の世界だが、
2020年の東京オリンピックを迎えるころには、
おそらく我々の想像を遥かに超える光景が
そこには広がっているに違いない。

* * *

ちなみに、東京すしアカデミーの
シンガポール校を立ち上げたのは
僕の学生時代の友人です。

面白い動きをしてますよね~。
皆さんもぜひぜひご注目ください。