「北八ヶ岳」と書いて真っ先に思い浮かべる本が、山口耀久(あきひさ)氏の名著『北八ツ彷徨』です。
それほど長くはない文章だったような気がします。


若い頃に一読したきりでしたが文章のところどころは記憶に残っています。

40歳を過ぎてクライミングに本格的に取り組みはじめた時期に、再び氏の名前に触れて意外な感に打たれたものです。
それは、氏が獨標登高会所属の往年の名クライマーであったことを知ったから。

 

北八ツのたおやかな山稜や池沼群を縦横に彷徨し、大自然と素直に向き合いながら戯れし日々の想いを淡々と書き残した文章が、先鋭的なクライマーだったという氏の前身とはどうも結びつかない気がしたからです。

さて、山口氏がこよなく愛した「北八ヶ岳」ですが、私もまた好きな山域のひとつです。


大学時代から30歳代の後半位まで、秋冬の季節を中心にずいぶん歩き回りました。

いまの会にお世話になってからは、北八ツは「活動対象外」なのですっかりご無沙汰していましたが、このたびひょんな事から10数年ぶりに訪れることが叶いました。

 

なんと、わが娘が突然「山を歩きたいから連れてって!」と言ってきたからです。
どういう風の吹き回しかはわかりませんが、突然山歩きに目ざめた娘。
私自身、山歩きは同世代のメンバーと楽しんでいた方が精神的に楽だし、中学高校時分ならいざ知らず社会人になっている娘と一緒に山を歩くのも今さら煩わしいというのが偽らざる気持ち。
親としてはなんとも複雑な心境です。
しかし、とうとう彼女の熱意に負けて? ともかく8月最後の週末に娘と北八ヶ岳を歩く約束をさせられてしまいました。

 

登山初心者を連れて山を歩くなら、やはり北八ツは良い山です。
交通アクセスも良いし営業小屋も随所に置かれていて、山慣れない人でも安心して歩くことができるからです。
反面、山口耀久氏らが彷徨した頃の手つかずの原始的な自然環境は残念ながらかなりの部分で失われてしまいましたが・・。

 

今回は私自身が10数年ぶりに訪れるということもあって、歩行時間が少ない中でも北八ツの核心に触れることができるコースを選ぶのに苦労しました。
今回歩いたコースは、麦草峠から入山して、白駒池を経てニュウに登り中山峠から黒百合平に至り一泊して、翌日は天狗岳を往復してからふたたび中山峠を経てこんどは中山から高見石を経由して渋ノ湯に下山するというものです。

 

北八ツのキーワードともいえる「森」「湖沼」「岩塁からの俯瞰」などをほどよく盛り込むことができました。
鬱蒼とした森林にひょっこりと飛び出た岩塁のニュウや高見石と、それらから眺めるどこまでも続く森林の広がりと美しさ。
中山峠から高見石に至る森林樹林下の苔むしたトレールや天狗岳から遠望する南八ヶ岳へのあこがれ。


白駒池の世俗化した風景と国道299号線の車騒音は大いなる「誤算」でしたが、それ以外はおおむね期待どおりの山歩きができたと思っています。
他に誰もいない二人だけの天狗岳山頂からのご来光もなかなか感動的でした。

 

あ、そうそう、「誤算」といえばもう一つありました。
娘曰く「ヨカッター! お父さんまた連れてってねー!」
これは誤算でした。・・・トホホ