皆さんは、親告罪をご存知でしょうか。



親告罪とは、告訴がなければ刑事裁判をすることができない犯罪のことで、告訴権者によって訴えるという意思表示がなされない限りは有罪にならないのです。



なぜ、そのようにされているかと言えば、①被害者の意向を尊重しているため、②罪質が軽微で、被害者の意向如何では、特に国家が犯罪として取り上げる必要がないため、③家族間の問題で、国家権力の介入を適当としないため、などと説明されています。



いろいろなものが親告罪とされており、具体的には、①強姦や強制わいせつ、②侮辱罪・名誉毀損罪・器物損壊罪、③親族相盗などがあります。



しかし、最近になって様々な法律について「非親告罪化」が検討されています。



7月3日の参議院本会議で成立した改正・不正競争防止法もその一つです。今回の改正で、営業秘密侵害罪が被害者の告訴がなくても起訴できるようになりました。その背景にあったのは、顧客情報が流出した事件などで、被害範囲の特定に時間がかかり、被害者からの告訴がなかなか出ないという問題です。



また、7月10日にまとめられた「性犯罪の罰則に関する検討会」の報告書案では、強姦罪などの非親告罪化が多数意見であるとされ、今後、見直しの議論が活発化しそうです。その中で主な理由として挙げられているのは、葛藤を伴う告訴の判断を求められることや、裁判を避けようとする被疑者側から示談交渉をもちかけられることが、犯行でダメージを受けた被害者にとって大きな負担になっているというものです。



そして、いよいよ大詰めをむかえるTPPに関しても非親告罪化が大きなトピックになっています。ご存知の通り、著作権侵害をめぐる問題です。7月28日からの閣僚会合で参加12カ国の全体合意を目指すとされていますが、成立すれば非親告罪化されるというのです。交渉国の中では日本とベトナムだけが未導入で、アメリカ等から要求されているのが現状です。



皆さんは、ここまで読んで、「非親告罪化」についてどういう印象を持たれましたか?



私は、このような流れについて反対という訳ではありません。



親告罪としていることで処罰の漏れ等があるのであれば、それに対して手を打たなければなりません。



たとえば、不正競争防止法については、営業秘密である顧客名簿が漏れたときに、会社が評判を落とすのを嫌がって告訴しない場合がありますが、そこへの対処が必要です。


営業秘密漏洩の直接の被害者が第三者で、その人から訴えが期待できないケースには、被害拡大防止の観点からも非親告罪化の意義があります。営業秘密が手続の過程で開示されてさらに公になることを避ける必要はありますが、概ね賛同できると考えています。



また、犯罪の中でも許すことのできない性犯罪については、告訴されずに犯人が野放しになっていることに対して、早急に対策をしなければなりません。子どもが義父による性的被害を受けた場合に実母が告訴を止める場合もあるとのことですが、そのようなことで子どもの苦しみが続くことも絶対に見過ごせません。これらのために不可欠であるというならば、刑事手続による二次被害(プライバシー侵害等)を最小化する措置を講じた上で、非親告罪化することも積極的に検討されるべきです。



しかし、次のことに十分気を付ける必要があります。それは、親告罪というものが国民による国家権力へのある種の歯止めになっていたということです。親告罪は告訴がなければ起訴ができないというものですが、捜査は刑事裁判のための準備活動ですので、告訴がないのに強制捜査(人権侵害の最たるもの)がなされることはなかったのです(被害者が刑事手続に否応なしに巻き込まれ心身への負担を受けることもありませんでした)。非親告罪化されれば、そうではなくなってしまうおそれがあります。



日本国憲法は、明治憲法下で捜査機関による過酷な拘束等が行われたことへの反省の下、31条から40条までに、諸外国に例を見ないほど刑事手続についての詳細な規定を置いています。
我々が学ばなくてはならないのは、権力に対しては、常に監視と監督が必要であるということです。



最近は、政府批判をするとクレームがくる等の理由で、メディアが萎縮している傾向がみられます。マスコミの使命が放棄されているということもそうですが、それ以上に盲目的に政府を信用してしまっている主権者が増えているのではないかという点が問題です。



どんな政府でも、時と共に権力は腐敗するし、暴走します。それを防ぐために、縛りが必要なのです。非親告罪化にあたっては、被害者の協力がなければ事実上起訴できないなどと言われていますが、そのようなものはいざというときの歯止めにはなりません。被害者意思の尊重を担保するためは、少なくとも文章の形で明確に示されたルールが必要です。



同様のことは、今回の安保法案についても言えます。自衛隊の海外派遣について、法律上国会の事前承認がなくとも可能となっている部分があります。これでは縛りがありません。



いよいよ参議院での審議が始まりますが、この部分についても慎重な検討が不可欠です。