「血液型と性格の関連性に科学的根拠はないとする統計学的な解析結果を、九州大の縄田健悟講師(社会心理学)が発表した」という記事を読みました(2014-7-19 Yomiuri Online)。

私がアメリカから帰国して大学に入った時、血液型による性格診断は異常なほどブームでした。新歓の自己紹介では全員が名前と共に血液型を言わされ、飲み会では必ずと言って良いほど血液型が話題になりました。

血液型による性格診断は他国で聞いたことがなかったので(欧米諸国では自分の血液型を知らない人も多いです)、はじめは面白く感じたのですが、あまりにも信じきっている人達が多かったので、段々と怖くなったのを覚えています。

そもそも人間の性格を単純に4つに分けられるはずがありません。
それにもかかわらず、なぜ日本には血液型診断がこれほどまでに根付いてしまったのでしょうか。

一つは「血液」や「統計学」というと、何となく科学的な感じがして、リアルな印象を与えてしまうという事があるでしょう(実際、前述の記事もYomiuriの「科学」欄に掲載されていました)。
私は大学生の頃に謎を知りたくて何冊かの血液型診断について書かれた本を読みましたが、統計をしっかり取ったかのように見える調査も、質問内容がかなりアヤフヤだったり、サンプル数が少なかったりと、恣意的に調整できるようなものが殆どでした。

しかし、もっとも大きな理由は、日本人の過度な集団帰属欲求の高さにあると思います。
日本人はどこかのグループに属していないと不安になる人種です。
「私はAB型だから・・・」「あ、分かる。自分も同じだから!」という感じで、自分と同じ考え方の人が大勢いる事に安心感を覚えるのです。
日本人が「ブランド」を好きだという理由や、「行列」に引き寄せられるという理由と同じです。

また、血液型だけで他人のことを分かった気になれるという便利さもあります。
人にラベルを貼って「あいつはB型だから仕方が無いよ」と簡単に結論に達してしまうことが出来るのです。
音楽で言えばアルバムを購入してそのアーティストを深く知ってみようと思うより、流行っているシングルだけを聞いて、知った気になってしまうのと同じかもしれません。

驚いたのは、リクルート時に血液型を書かせる企業もあるということです。
単に診断自体を信じてバランスよく社員を採用しようとしているのか、何か意図があるのか。
前者だったとしたら、そんな会社はすぐ消えてなくなってしまうでしょう。
しかし後者だったら意外と面白いことを試そうとしているのかもしれません。

例えば、「血液型診断は信ぴょう性がある」と新卒の社会人を信じさせることはそう難しい事では無いと思います(それらしいDATAを出して説得すれば、大半は信じてしまうでしょう)。そして、各部署にバランスよく血液型人材を配置し、「君はA型だから、細かい作業をこなせるはずだ。頑張ってくれ」「君は0型なので、リーダーシップを発揮してアルバイトを統率できるはずだ。頼むぞ」と、信じ込ませて仕事をさせることができれば、どんな結果を生むでしょうか。

殆どの企業の人事部は、どうやって社員をコントロールするかに頭を悩ませています。血液型や占いを活用しようとするところがあっても不思議はありません。

もっとも、それを大真面目にやっていたとしたら、そんな会社も消えてなくなる運命だと思いますが(笑)

話しが少しそれてしまいました…。
私は血液型診断と出会った大学生の頃から、「どこかに属することで得られる安心感は必要かもしれないが、それ以上に個性をアピールして違う事の尊さを認めることが大切だ」と考えるようになって、現在に至ります。

そもそも、人間を4つのグループに分ける事などできるはずがありません。

ラべリングをやめて、個性を認める社会になった時、日本には多くの起業家が生まれるようになるはずだと思います。