8月30日までブルネイで開かれていたTPPの交渉会合。日本側が米国に対し、公共事業の入札で外国企業を差別しないよう求めたとの報道がなされていました。



これは、TPPで扱われる21の交渉分野のうち「政府調達」に関するものです。政府調達とは、政府が行政のために必要な物品、サービス、工事などを民間から調達することです。



日本の政府調達の外国企業への開放度は極めて高く、国、都道府県、政令指定都市、さらにJR、日本郵便、JA、日本原子力研究開発機構なども、一定額以上の事業入札では、WTO政府調達協定締約国の企業の参加を受け入れています。一方、アメリカは、50州のうち13州が外国企業の入札を排除しています。



TPPについては、アメリカが日本市場を狙って一方的に仕掛けてきているとの評価が未だに随所で見られますが、アメリカにも守りたい権益があるのです。これは対日本だけではなく、たとえば、オーストラリアからの砂糖、ニュージーランドからの乳製品。これらについて、関税撤廃の例外にしたいとの思惑があります。


一方、交渉がアメリカの狙い通りに進んでいるかといえば、そうでもなく、たとえば、医薬品の特許について保護期間を長くするように求めていますが、他の多くの国はジェネリックの製造や発売が遅れることを懸念して反発しています。



交渉参加国にはそれぞれの利害があるため、単純な二国間の力関係の影響力が低くなる。これが多国間交渉の妙味といえるでしょう。



大切なのは、第一に何が日本の守るべき国益なのかの精査とそれに基づくタフな交渉です。この点、先にあげた政府調達の優位性について、政府は農産物の関税維持のための交渉材料に使う意思との報道もなされています。いかにも農協利権べったりな自民党らしい考えですが、思考が逆です。政府調達の開放は、日本企業が海外に打って出るチャンス。強く主張すべきです。また、これまでアメリカにいいようにやられてきた自民党に真の国益にそったタフな交渉ができるかは、甚だ疑問でもあります。



多国間交渉で大切な第二のポイント。それは国民への丁寧な説明です。国民の理解と信託がなければ相手国に足元を見られてしまいます。未だにTPPに参加すると国民皆保険がなくなってしまうと考えている人が多くいるのは、説明不足の証左でしょう(もし本当にそんな交渉になっているのであれば、オーストラリア人やニュージーランド人がだまっていないはずです)。



第三、全体を鳥瞰する視野の広さです。TPP推進派は、TPPにこだわりすぎている、EUとのEPAや日中韓FTA、RCEPこそ推進すべきとの批判をよく受けます。もちろん、これらの経済連携も並行して進めるべきです。むしろ、世界第三位のGDPを誇る日本がTPP交渉に参加した事実は、非参加国にとっては脅威なはずです。「TPP交渉参加」を材料に他の協定交渉を優位に進めるべきなのです。



交渉ごとである以上、デメリットは当然あります。しかし、同様に「交渉しないこと」=「チャレンジしないこと」のデメリットもあります。これは、政治のみならず、ビジネスにおいてもよく問題になります。



たとえば、日本の携帯電話は、かつて性能や機能面で世界最高水準にありました。しかし、ドコモ等のキャリアがメーカーから端末を買い取り、販売リスクをキャリア側が負担するというメーカーにとって有利な国内市場で安住し、リスクのある海外市場に目を向けようとはしませんでした。その結果、新技術の開発や導入が遅れて、スマートフォンの流入に対抗できなくなったのです。



一面的な主張をする人たちの後ろには利権が絡んでいると考えるのが一つの知恵です。日本にとっての真の脅威は、国外ではなく国内にあるのかもしれないということを常に念頭におく必要があるでしょう。



TPPは国内の脅威・利権構造を映し出す鏡といえるのです。