『 今週のカレンダー 』
5月 22日 (火) ~ 「 大安の日 」 です。
『 今週の昌子さんの出張先 』
先週から始まりました 昌子さんの九州ツアー は
前半の 熊本県、大分県 を無事終えて、
今週は 昌子さん と ま~ちゃん の二人は、
ちょっと一息ついて
後半の 長崎県(5月30日より)、佐賀県 に向け
英気を養っていますので
お近くにお住まいの方は、もう少し
お待ちください。
先週にひきつづき
例の 「 新企画 」 です。
『 昌子さんカップリング曲 紹介コーナー 』
( その2 )
「 昌子さん 圧倒的な歌唱力のなかで 」
1979年秋に キャニオンレコード へ移籍して
1980年代に入りますと
楽曲を提供する作詞 ・ 作曲家の先生方も
変わり、タイトル曲と同様にカップリング曲 にも
昌子さんの年齢にふさわしい
歌唱力を存分に発揮できる
曲調がラインナップしてきました。
私のブログでも、これまで3曲紹介させていただきました。
① ~ 春日和 (1980年2月発売、タイトル曲 「 故郷ごころ 」 )
② ~ 古都の春 (1984年4月発売、タイトル曲 「 寒椿 」 )
③ ~ お嫁にゆきます (1978年6月発売、タイトル曲「津和野ひとり」 )
昌子さんといえば
哀しみ本線日本海 が代名詞の一つですが、
忘れてならないのが、
荒木とよひさ先生(作詞)と浜 圭介先生(作曲) です。
とくに 浜 圭介先生 は
再デビュー後の 昌子さん(声が出ない時代)を支えて
くださった 中心的な方です。
来月、6月発売予定の新曲 も久しぶりに 浜 圭介先生の作品
とのことです。 楽しみです。
話しは反れましたが
カップリング曲で私が注目している曲が、偶然にも
浜 圭介先生 の作品でした。
1曲目は 「 花暦(シクラメン) 」 です。
1982年3月発売、 タイトル曲は 「 鷗 唄 」 。
作詞 ~ 荒木とよひさ先生
2曲目は 「 駅 」 です。
1985年2月発売、 タイトル曲は 「 恋は女の命の華よ 」 。
作詞 ~ たか たかし先生
『 今週の話題曲 』
昨年(2017年)に
美空ひばり さんは、生誕80周年を迎えられ
昌子さんも、関連番組やコンサート(今年2月22日佐賀県鳥栖市
での競演)などにも出演されました。
5月29日 (1937年~昭和12年) に
美空ひばり さんは、お生まれになられ
1989年(平成元年) 6月24日に、52歳の若さで
永遠の眠りにつかれました。
そこで今回は、昌子さんが常に
「 尊敬と感謝の念 」 を持ち続けています
「 昭和が生んだ歌謡界の女王 」 の
美空ひばり さんを初めて取上げてみたいと思います。
昨年、ブログ投稿を始めた際にも書きましたが
私が初めて昌子さんの生のコンサートへ行ったのが
2015年3月14日の札幌公演で
『 美空ひばり&森昌子 奇跡の競演コンサート 』 でした。
当時のチケット販売の案内です。
手にしたチケットは、最前列の席で
目の前に昌子さんがいて、興奮度MAXが2時間もつづき
どのように帰ったのか記憶していないほどです。
美空ひばり さんの 「 52年間の歴史 」 について
振り返ってみたいと思います。
美空ひばり さんは、1937年に神奈川県横浜市でお生まれになり
6歳(1943年)で..........父親の戦争出征壮行会で「九段の母」を歌う。
9歳(1946年)で.........NHKのど自慢に出場し「リンゴの唄」を歌うも
何故か鐘が鳴らず。
12歳(1949年)で.......主演映画 「悲しき口笛」が大ヒットし、同主題歌
も当時史上最高の45万枚の売り上げ。
15歳(1952年)で......映画「リンゴ園の少女」の主題歌 「リンゴ追分」
が70万枚の大ヒット
19歳(1956年)で..............昌子さんのコンサート演奏で有名な
「小野満とスイングビーバーズ」(当時ジャズバンド)の小野満さんと
婚約するも、諸事情で破談。
23歳(1960年)で.......「哀愁波止場」で第2回日本レコード大賞歌唱賞。
28歳(1965年)で.......「柔」がひばりさん全シングル中最大の180万枚
の大ヒットで、第7回日本レコード大賞。
続く1966年、1967年にも
「悲しい酒」、「芸道一代」、「真っ赤な太陽」でヒットを連発。
40歳(1977年)で.......弟さんの子 「加藤和也」さんを養子に迎え入れる。
51歳(1988年)で......東京ドームでは、ひばりさんにとって「命を削って
臨んだ伝説のステージ」といわれる「不死鳥コンサート」
において満身創痍のなか合計39曲を熱唱。
美空ひばり さんの歌手人生は、
昭和でも「戦後の混乱期」からはじまりました 「 宿命 」 と
ひばり さんにしかなし得ない 「 運命 」 の連続だと思います。
一方、病床のお母様の笑顔が嬉しくて2歳頃から歌いはじめた
昌子さんも、歌手人生の始まりは一枚の応募ハガキ
(叔母による)からで、 「運命的出会い」 の連続でした。
『昌子さんとひばりさんとの運命的出会い』
① 思いがけない ひばりさんとの テレビ番組の共演
「四つの太陽」(日本テレビ)や特番デビュー5周年「演歌に涙と青春を」
(テレビ朝日)など
② 「ひばり御殿」 での宝のような映画やビデオと
夢の個人レッスン の日々。
③ 高校卒業後の「歌手引退」を撤回させた ひばり さんの存在。
④ 主婦の昌子さんをあえて呼んで、見せ付けた
「不死鳥コンサート」 での 「 ひばりさんのプロ魂 」。
昌子さんのデビューから1986年の引退、そして
再デビュー後から現在まで
『 美空ひばりさんの曲と昌子さん 』
に関する 動画はたくさんアップされています。
今回は、次の動画に絞ってみました。
(その1)
歌い終わったあと、ひばりさんが昌子さんを
抱きしめるシーンが印象的です。
(その2)
昌子さん 25歳ごろの、高島忠夫さんの番組でしょうか。
高音部がとても美しいです。
(その3)
昭和歌謡界の女王 「美空ひばり」 さんから
「マチャコ」とよばれ、「ひばり御殿」で個人レッスンを
うけられた昌子さんも還暦目前です。
いつも「ひばり」さんに見守られて、美しい歌声に
一層みがきがかかります。