志賀島第8号歌碑 志賀の浦に いざなりする海人家人の 待ちこふらむ 明かしつる魚(巻15・3653)歌意志賀の浦で漁をしている海人たちは家の者がその帰りを待ち焦がれているであろうに夜を明かして魚を釣っている。天平8年(736)遣新羅使一行が、途中筑紫に滞在しているときに、故郷のことを思い悲しんで詠んだもの。✳︎志賀島小学校 校舎玄関横#福岡#東区#万葉集
志賀島第2号歌碑 志賀の山 いたくな伐りそ荒雄らがよそがの山と見つつ偲はむ(巻16・3862)歌意志賀の山の木をあまり伐ってくださるな荒雄の縁のある山として見ながら夫のことを偲ぼうと思いますので。形が変わるはほど木を伐らないでくれと訴えている。・志賀島は山の島である。・荒雄を失った妻子の心の痛みを山上憶良が詠ん だと伝えられる。(筑前国志賀白水郎歌十首)#福岡#東区#万葉集
宮地嶽神社 ②ここには、三つの日本一があります。大太鼓HPより直径2.2メートルの日本一の大太鼓です。今日では全国に、この太鼓より大きな太鼓がありますが、当社の太鼓は全て国内より調達した材料により製作されています。太鼓の銅は檜を原木とし、その表面に漆を幾重にも重ねて音の響きを大切に致しております。 その上、左右の鼓面には和牛の皮を太鼓用になめしたもので、今日の国産和牛では入手できないサイズの皮で調製されています。大鈴HPより重さは450kgもある銅製の大鈴で、篤信の方のご奉納によるものです。昭和35年迄は大注連縄と共に拝殿に飾られ、ご参拝の方々が驚かれていたのですが、その重量の為、今日では鈴堂を建立し、大太鼓と共に奉安しています。ライトアップしてないので暗い昼にこないといけないですね。大注連縄HPより直径2.5メートル、長さ13.5メートル、重さ5トンの日本一の大注連縄は当社のシンボルでもあります。この注連縄は、3年に1度掛け替えられ約2反の御神田に、昔ながらの稲を生育させ、丹精込めたワラにてなわれます#福岡#福津#神社
志賀島第6号歌碑 志賀のあまの 塩やく煙風をいたみ 立ちは昇らず山にたなびく(巻7・1246)歌意志賀の海人の塩を焼く煙は風が強いので立ち昇らないでいる。当時の製塩作業の一部を詠んだもの。✳︎蒙古塚前の道を挟んだ海岸前に建てられている。#福岡#東区#万葉集
平和記念公園2015/04/29 久々に訪問平和の泉天高く突上げた右手は原爆の脅威(長崎の過去)を、水平に伸ばした左手は平和(長崎の未来)を、横にした右足は原爆落下直後の静けさを、立てた左足は原爆の恐怖を、薄く目を閉じた両目は犠牲者の冥福を祈っている。長崎刑務所浦上刑務支所跡松山、岡、橋口町の3か町にまたがる丘の上にあり、敷地約2万㎡、庁舎面積約1万3千㎡の爆心地にもっとも近い公共の建物であった。 周囲の鉄筋コンクリート塀の高さ4m、厚さ25cmは、ほとんど倒壊し、木造庁舎も炊事場の煙突1本を残して倒壊全焼した。 刑務所内にいた職員18名、官舎居住者35名、実刑者及び刑事被告人81名(そのうち中国人32名、朝鮮人13名)計134名全員が即死した。#長崎#観光#原爆#平和#公園