開山堂
引用

圓教寺開山の性空上人をまつるお堂です。寺伝では、寛弘4年(1007)年に九十八歳で上人が世を去ったあと、弟子の延照律師が創建したとされています。以来、書写山一千年の歴史の象徴として燈明が燃え続け、朝夕には欠かさず勤行が行われています。
現在の建物は、寛文十一年(1671)に再建され、屋根の造りは方形造り、内部は、内陣(正堂)と外陣(礼堂)に区別されています。
上人像を安置しているのは内陣です。内陣の一部が土間となっているのは、天台宗の伝統です。
軒下の四隅には、左甚五郎の作と伝えられる力士の彫刻がありますが、四力士のうち北西隅の一つは、軒の重さに耐えかねて逃げ出したと言う伝説もあります。
開山堂の右にある護法堂は修理中?なかんじでした。
金剛堂
引用
金剛堂は三間四方の小堂で、元は普賢院という塔頭の持仏堂でした。内部には仏壇を設け、厨子を安置しており、天井には天女などの絵が描かれています。
性空上人は、この地に於いて金剛菩薩にお会いになり、密教の印を授けられたと言われています。
普賢院は永観2年(984年)の創建で上人の居所で会ったと伝えられるが、明治40年、明石長林寺へ山内伽藍修理費捻出のため売却されました(戦災で焼失)。本尊の金剛菩薩像は現在、食堂に安置されています。