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引用

聖徳太子が高麗の僧・慧便に建てさせ、のちに行基が中興したという天台宗の古寺で、書写山円教寺と並称される名刹。寺伝によれば、はじめは法相宗でしたが、承和元年に天台宗となったといわれています。古今を通じて朝野の信仰が厚く、山上にはもと30坊もある大寺院でした。天正元年三木の別所長治に攻められ焼失しましたが、天正13年秀吉により再興、現在の本堂は姫路城主・榊原忠次の建立によるものです。
榊原忠次墓所
唐門は国指定重要文化財
亀

忠次墓所の横にある墓
誰のでしょう



本堂
天井
経堂
官兵衛の叔父黒田高友はこの随願寺、地蔵院で休夢と称する僧侶であった。墓所へ




































