軍艦島クルーズの続き
高島に寄るツアーにしました。
船から降りて少し歩いて行きます。
岩崎弥太郎像がありました

高島石炭資料館へ
HPより
高島地区は、石炭産業を唯一の基幹産業として明治、大正、昭和にわたって発展したが、国の石炭政策の変更等により、昭和61年11月に歴史と伝統のある三菱高島炭鉱は閉山した。
炭鉱入口にあった三菱マーク
それではメインの軍艦島へ

#長崎 #船 #世界遺産#高島#炭鉱#岩崎弥太郎
#三菱#軍艦島#ツアー
2015/04/29 長崎15
この日は、4/27~5/1に開催してる帆船まつりがあってるため沢山の船がいます。
これは後で
2015/04/29 長崎12
(説明板)
上野彦馬は、天保9年(1838)、銀屋町16番(現、長崎市銀屋町)に生まれた。父・俊之丞は、長崎奉行所の御用時計師で、ダゲレオダイプ・カメラ(銀板写真機)を日本で初めて輸入した。彦馬は16歳から広瀬淡窓の私塾・咸宜園で関学を学び、その後、長崎に戻り、オランダ海軍医ポンペのもとで舎蜜学(化学)を学んだ。このとき湿板写真術に興味を示し、津藩士堀江鍬次郎とともに、フランス人ロッシェについて、写真術を学んだ。
文久2年(1862)、彦馬は、中島川河畔に商業写真館・上野撮影局を開設。高杉晋作ら著名人の肖像や各地の風景を撮影し、貴重な写真を後世に残すとともに、多くの門人を育成し、わが国写真業界の基礎を築いた。
また、明治7年(1874)金星観測の写真撮影に参加。さらに、明治10年(1877)には西南の役に従軍し、日本初の従軍写真家として活躍し、明治37年(1904)65歳でこの世を去るまで、写真技術の発展に多大な功績を残した。
文久2年(1862)、彦馬は、中島川河畔に商業写真館・上野撮影局を開設。高杉晋作ら著名人の肖像や各地の風景を撮影し、貴重な写真を後世に残すとともに、多くの門人を育成し、わが国写真業界の基礎を築いた。
また、明治7年(1874)金星観測の写真撮影に参加。さらに、明治10年(1877)には西南の役に従軍し、日本初の従軍写真家として活躍し、明治37年(1904)65歳でこの世を去るまで、写真技術の発展に多大な功績を残した。
#長崎#写真#坂本龍馬#上野彦馬#観光#生誕地































