2015/04/29 長崎12
(説明板)
上野彦馬は、天保9年(1838)、銀屋町16番(現、長崎市銀屋町)に生まれた。父・俊之丞は、長崎奉行所の御用時計師で、ダゲレオダイプ・カメラ(銀板写真機)を日本で初めて輸入した。彦馬は16歳から広瀬淡窓の私塾・咸宜園で関学を学び、その後、長崎に戻り、オランダ海軍医ポンペのもとで舎蜜学(化学)を学んだ。このとき湿板写真術に興味を示し、津藩士堀江鍬次郎とともに、フランス人ロッシェについて、写真術を学んだ。
文久2年(1862)、彦馬は、中島川河畔に商業写真館・上野撮影局を開設。高杉晋作ら著名人の肖像や各地の風景を撮影し、貴重な写真を後世に残すとともに、多くの門人を育成し、わが国写真業界の基礎を築いた。
また、明治7年(1874)金星観測の写真撮影に参加。さらに、明治10年(1877)には西南の役に従軍し、日本初の従軍写真家として活躍し、明治37年(1904)65歳でこの世を去るまで、写真技術の発展に多大な功績を残した。
文久2年(1862)、彦馬は、中島川河畔に商業写真館・上野撮影局を開設。高杉晋作ら著名人の肖像や各地の風景を撮影し、貴重な写真を後世に残すとともに、多くの門人を育成し、わが国写真業界の基礎を築いた。
また、明治7年(1874)金星観測の写真撮影に参加。さらに、明治10年(1877)には西南の役に従軍し、日本初の従軍写真家として活躍し、明治37年(1904)65歳でこの世を去るまで、写真技術の発展に多大な功績を残した。
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