2015.7.17は.姉家族の住む【やしお団地】へ次男と三男が.学校に。長男が.作業所に行ってる間に電車
とバス
を乗り継ぎながら1人遊びにいった。ここは.嵐ファンなら知る映画ピカンチのロケ地であり。私も嵐の大ファンなので姉に付き合ってもらいロケ地巡りしながら帰ってきた
「これからも平日ちょくちょくくるね」と言ってきたのに。まさかの翌年に難病を受けちょくちょく行けず
内臓の病気でなく皮膚と筋肉の病気だから動きたくても動けなかったしね。病気になってからは「行きたいところは.そのうち行けると先のばしにせず目標を具体的にもち行けるようになったら迷わず行く!」と決めました。そのためには.努力がかなーり必要なんだけどね。この【やしお団地】のちに母も3年半前に引っ越していったので毎年.家族では必ずいくようになりました
ピカンチのロケをしていたときは.嵐勢揃いだったのでアラシックのみなさんと野次馬で凄かったそうです
わかるな
↓当時.姉んちのベランダから撮った3枚


この日から今日で丸10年たちました。
↓これは.11年前。20歳の長男です

2023年7月末に長男のヘルパーを卒業して早2年
私が.病気になり実家の両親が約4年半預かってくれていたが。父が.ガンになりみれなくなり返ってきたので当時.私のヘルパーさんの事業所が長男も担当することになり約2年半みてくれた
身内以外に息子を面倒みてもらうことは.初めてだったので自分のやり方と違うと細かく指示を出したが全て受け入れてくれて今も感謝してる!自分が.動けないときだったから横で口しか出せないけど親は親だから責任あるものね。私が.病気になってから長男はいろいろな人にかかわってきたおかげからか
私がまた世話をするときには凄く話しを聞いて動けるように成長して驚いている。「それちょうだい」と床のものを指させば渡してくれたり。「トイレいこう」と声かければトイレ行ってドアあけて便座蓋をあげて待つ。「ご飯だよ」とリビングから声かければテーブルについて待つ。朝.お迎えのピンポンがなって「きたよ」と声かければ玄関に行き靴をはくなど声かけだけで動いてくれることが多くなり本当助かっている。私が.病気前はできなかったことなので全て手をかけていたのに。あとやたら私が話しかけているときに穴があくほど私の顔をみるように
話し方を覚えているのか












