今日、9日は大好きな父の、月命日

思考の学校では、大好き=見下しだと言う。

結婚前、お父さんみたいな人と

結婚するのが夢だった

で、お父さんみたい!と思った人と結婚した。

でも、彼はお父さんでは無かった。

私は長女

自分に自信が無くて、自分の事が大嫌い

自分の名前も大嫌いだった。

恋愛は、苦手

わたしの事を好きだと言ってくれても、

いつまで好きでいてくれるのかを心配する

まだ、あの時と変わらぬ気持ちで好きで

いてくれているのかと、不安になる

だから本当は嫌でもイヤと言えない。

自分を犠牲にして相手に尽くすタイプ

わたしを自分で大切に思っていないから、

みんな、わたしより素敵な誰かの所へ

去ってしまう現実を作る。

そう、わたしが、いつまでわたしと一緒に

いてくれるんだろうと思考し、(いつまで?)

という、期限をつくるから、

期限が来たらみんなわたしの元から居なくなる。

いつも、このパターン。

そのうち、全男性を見下す事によって、

強い傲慢なわたしでいるしか無くなった。

たぶん、わたしが1歳7ヶ月で下の妹が生まれて

そして、4歳の時にまた、下の妹が生まれて

父の膝には何時も妹が居た。

甘えたいのに、甘えに行けない自分が居た

大好きなお父さんは、もうわたしの事は

大切じゃない

どうせ、わたしから離れる

裏切られた気持ちになって怒ってた為に

大好きな父を見下すしか無くなった

思考の学校で、

何故大好きが見下しになるかと言うと、

子供の頃の大好きは、ただ自分の思いを叶えて

くれる人と、自分より下に見ている事になるからだと言う

確かに、わたしひとりを見てくれなくなった父に、

沢山反抗して、口ごたえして、叱られても

全く怖く無かった。

見下しているから、怖くなかった。

どんなに、憎まれ口を叩いても

許されると思っていた傲慢なわたし。

見下す思考は、社会から評価されない。

そして、父の命日9日の今日、

上司から「契約の延長は無い」と言われた。

だよね。

「上司は、お父さんじゃないよ!」と顕在意識はわかっている。

それでも、上司に対するわたしの怒りと見下しが止まらなかった

わたしが作った現実。

思考の旅で、わたしは泥沼にはまった。

 

ふと、泥沼の中で、美しい蓮の花を見つけた。

父からのプレゼントだと思う。

本当に、本気で「見下しを止めると決めなさいと」

「泥沼の上では、美しく咲くことができるよ」