今、米・イスラエルの攻撃を受け甚大な損害を被っているイラン(首都テヘラン)。米国の主張ではイランが核武装を進めているとか。前はイラク(首都バグダッド)がその嫌疑をかけられた。フセイン前大統領は核の否定をしたにもかかわらず、米CIAの誤情報を基に「大量破壊兵器保有」を理由に攻撃された。フセインは捕えられ処刑。その後米国がイラク国内をいくら探しても「大量破壊兵器」はなかった。
そして今度はイランである。イラン・イラク両国は下図のように東西で隣接している。イスラム教は共通だが、フセインのイラクはスンニー派(多数派)で、先日爆死したと言われているハメネイ師(まだ確証なし)のイランはシーア派(少数派)。国名こそ似ているが仲は悪く、国家としての成立ちも全く違う。イラクはアラブ人・クルド人の国で、イランはペルシャ人の国。
二国の仲は悪いが、今はイスラエル(米)とイランの戦争であるから各々のミサイルはイラクやヨルダン上空を横断して着弾している。頭の上をガンガン通過するミサイルはあまり気持ちのいいものではない。
元々イランはゾロアスター教を国教としたササン朝ペルシア(3C~7C、古代はアケメネス朝ペルシア、その後ローマ帝国などの統治を経て、3Cにササン朝成立)が起源である。
以降アラブ人との闘争があって、イスラム系サファビー朝や親米のパーレビ朝が樹立。(パーレビ時代は女性がミニスカートをはき、人々は束の間の自由を味わったが国王は石油の富を独り占めし、庶民は貧しかった)
1979年イラン革命が起こりホメイニ師の厳格なイスラム原理主義時代となった。女性への弾圧が特にひどく、庶民の日常も厳しく規制を受けている。そんな極端な政権がブッ倒れても文句は言えないが 今回、倒す側の手の早さにも呆れてしまう。狭間に立つ国民は、ただ翻弄されるだけである。
かつて慢性的な水不足で悩むアフリカ人はドロの水を飲んでいた。汚れた水は彼らの体を蝕んだ。見兼ねた日本が井戸を掘った。これできれいな水が飲める! しかし日本が去った後、住民間で激しい水争いが起こり、村どうしの戦争が始まり死者も出た。一体何をどうすれば平和になり、どこまで愚かになれば気が済むのか?
今回のイラン・イスラエル・米国の紛争を見てそう感じざるを得ない。死んだ者達は戻っては来ないし、生き残った者達は食うに事欠く荒れ地で あの山と積もったガレキ・・・誰が片づけどこに捨てるのか.。すきっ腹を抱えてどう家を建てるのか。
イランの国土面積164.8万㎢(日本の4.3倍)、人口916万人。
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「お水取り」の松明はゾロ教から
ところで、日本仏教が古代ゾロアスター教の影響を受けている事はあまり知られていない。3月から始まっている奈良東大寺の「お水取り」。そこで使われる松明(たいまつ)はその流れを汲む。
紀元前10C頃興ったとされるゾロアスター教(拝火教)。アケメネス朝時代に発展し、ヨーロッパ勢の侵入を経て興ったササン朝ペルシアの時に国教となった。この頃、シルクロードを経て同教の風習が日本にも伝わった。大方の日本人はこんな宗教とは縁もゆかりもないと思っている。 だがこの人類史上最古とも言うべき体系的宗教の要素が 現在の日本に残っている。しかも我々の生活習慣の一部になっているのである。
左が創始者ゾロアスター
「お水取り」 これを見て人々は「春が近い」と思う。この行事は毎年三月1日~14日まで行われる。松明(たいまつ)を持った山法師のような姿の坊さんが、堂の廊下を走り回るあれである。正式には「修二会(しゅにえ)」と呼ばれる。752年から始まった。何でもこの火と霊水(若狭神宮寺霊水)を使って、十一面観音に供え堂の床も清めるのだという。
東大寺二月堂入口 二月堂本堂
3月1日、若狭の水を汲み10日かけて二月堂の若狭井に運び込む。その水を汲んで観音に供えるから「お水取り」と言う。松明は当初廊下を照らすだけのものだったが、派手にしようと今のようになった。
仏教の風習にも色々あるのだなと思いきや、ゾロアスター教の影響なのだ。通常、お水取りの所以を紐解いても同教はなかなか出て来ない。
この宗教の開祖はゾロアスター、独語読みではツァラトストラである。同教はシルクロードを経て中国では祆教(けんきょう)と呼ばれた。(景教と混同されがちだが景教はキリスト教ネストリウス派である)
同教の火を崇拝する風習は日本にも伝わり、二月堂の松明を振りかざす行事になった。しかも「お水」は若狭の神社の水。これって本当に仏教?(大昔、神々の集いが催されたが若狭の神だけ寝坊をした。そのお詫びに、毎年若狭から聖水を届ける事にしたんだと)
精霊流しもゾロ教から
同教の影響はそれだけではない。お盆の「迎え火」「送り火」としても残っているのだ。有名な京都五山の送り火や精霊流しの際 ロウソクに火を灯して流すのもここから来ている。
お水取りの松明
精霊流し
また比叡山延暦寺に今も灯り続ける「不滅の法灯(ほうとう)」は、同教の「火」が中国に伝わり、それを唐から帰朝した最澄が持ち帰ったものである。ゾロアスターが灯したとされるこの火がもし本当に一度も消えていないならば、3000年近くも燃え続けている事になる。
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閻魔大王も阿修羅も
影響は他にもある。あの地獄の番人閻魔(えんま)大王。同教に出て来る伝説の王ジャムシード王のジャムがインドでイムになり、な~んと日本でエンマ(閻魔)となった。また奈良興福寺にある有名な阿修羅像。元々阿修羅はインドの戦いを挑む悪神だが 日本に伝来後、改心し仏教守護の神となった。その名称はゾロアスター教の最高神アフラ=マズダのアフラが訛ってアシュラとなったものである。かつての獰猛な神アシュラから「阿修羅の如く・・・・」などの日本語にも使われている。
阿修羅像 興福寺国宝殿安置
欧州では哲学や音楽にも
先ほどゾロアスターをわざわざ独語読みでツァラトストラだと書いたのは、あの独哲学者フリードリヒ・ウェルヘルム・ニーチェ著「ツァラトストラはかく語りき」の題名に採用されたからだ。ニーチェは自己の哲学を 欧州でもおよそ馴染みの無い人物の名を借りて隠者に仕立て、ニーチェ自身の「超人哲学」を語らせたのである。
ニーチェが生きた時代は19C後半。すでにキリスト教はその権威を失墜していた。11Cから数百年間続いた聖地回復の十字軍遠征が結局失敗し教会の権威は失墜。財政は窮乏。財政を補う為教会は「免罪符」発行する。これに反発したルターが「それはおかしいやろ」とばかりに16Cに宗教改革を起こした。ここから清教徒が生まれる。またコペルニクスの地動説などによりキリスト教の教義が根底から破綻した。信者達の失望や酩酊は言うまでもない。こうして教会の権威と信用は失墜し神の絶対的存在も危機に瀕した。ニーチェに言わせれば「神は死んだ」のだ。だが彼は説く。人間は決して諦める事無く生きて行くべきなのだと。自覚のない「原罪」、強者に対する恨み妬み(ルサンチマン)から解き放たれた自由な身となり、自ら目的を持った人間として ── 今まで神に頼って生きて来た「迷える子羊」などではなく、それを超越した自主的かつ強靭な人間、すなわち「超人」として生きるべきだと。これが彼の説く「超人哲学」である。彼は1900年発狂して死んだ。享年55歳。
ウェルヘルム・フリードリヒ・ニーチェ
この著書を読んだ作曲家リヒャルト・シュトラウスは感激して同名の曲を作曲した。あのワルツ王ヨハン・シュトラウスとは別人。名曲「ツァラトストラはかく語りき」はこうしてできた。映画「2001年宇宙の旅」に使われたあの曲。劇的で荘厳な曲である。
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ついでの話
更に余談を。── この曲序盤に目立つ太鼓の音色・・・ タントンタントンと聞こえる。あの思わずひれ伏したくなるような劇的効果を放っているものはティンパニである。この楽器は太鼓には珍しく「ド」と「ソ」の音階を持っている。音の高低を持つものは他にもある(ドラムセットのタムタムとバスドラは高低が違うし、4個から5個のドラムを連結したマルチタムなどもある)が、演奏前にピアノに合わせて音階調整するのはティンパニだけではないだろうか。銅や真鍮で造られた深い鍋状の容器上部に牛の皮を張る。(今では樹脂製膜がメイン)この皮はまだ母牛のお腹の中にいる子牛の皮なので、ティンパニ用の皮を得るには牛2頭を犠牲にしなければならない。その為、非常に高価だった。
ついでに自慢話を少々
小学生の時 私は合奏団に入団していた。イッポリトフ・イワーノフの「コーカサスの風景」中の曲「酋長の行列」を演奏する際、このティンパニを使う。予算は教育委員会を通じて県予算から降りる仕組みになってはいたが、この楽器が高額の為 指揮者の先生はこれを調達するのに非常に苦労したようだ。
この合奏団、実は山口県の代表だった。メンバーは5年生以上、全て先生の推薦で選抜制・・・ 団員は30人、うち私のような5年生は4人だけ。あとは全て6年生。最初に練習したのが何とビゼーの「組曲カルメン」で間奏曲「アラゴネーズ」。 小学生ですぞ、エヘン! 私は主旋律を当時新兵器のピアニカで演奏した。(あの頃、生徒はピアニカなど知らなかった、最初河合楽器から発売、次いでヤマハからピアニカ名で発売) 曲中に速弾き部分が何度かあるが6年女子のアコーディオンによる見事な演奏は今でも覚えている。
歌劇カルメンは第四幕まである。第三幕が終わり四幕が始まる前の間に演奏されるから「間奏曲」と言う。アラゴネーズとはスペインの地名である。同国の物語だが歌劇自体はフランス語で上演される。ビゼーが仏の出身だから。
この楽譜を見ると最初からいきなりフォルテ3つ=fff で始まる。フォルテシシモと言う。意味は「更に非常に強く」。(普通中3で習うのはf2つの「非常に強く」=フォルテシモまで)
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世界宗教と世界観に対する影響
ゾロアスター教の善悪二元論及び「最後の審判」の教義は、その後ユダヤ教に受け継がれる。そしてキリスト教やイスラム教の源流にもなったのである。欧米人が善悪二項対立の思想から抜け出せない原因、彼らの哲学でさへこの影響を受けているのは、このゾロアスター教の世界観に起因している。
仏教への影響は前述のとおりだが、日本では隋唐の科挙制度同様に二項対立も拒否された。そのお蔭で学問は発達し、単純な善悪の価値観から離脱した柔軟な観念を得た。先人達の実に賢明な選択は独特の精神文化を構築した。(科挙制度が及ぼした学問的停滞はその後の中国・朝鮮の歴史を見れば分かるだろう)
こうしてみると、現在の全宗教は言うに及ばず、世界思想に多大な影響を及ぼしたものがゾロアスター教だと言ってもいい。その影響が良いか悪いか何ともないか の判断は読者にお任せする。
このような宗教が生まれ発達を促した地、ペルシャ ── 今のイランなのだ。残存する信者は少数だが今でも火を拝んでいると言う。







