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騎士スークは打ち捨てられた街道を、さらに先に進んだ。沼はぼうぼうに生えた草や灌木の向こうに見えたり消えたりしていたが、やがて森が尽きると、広々とした平原に出た。この平原は、かつて古い国が栄えたと言う伝説があった。しかしスークが幼い頃にはすでに何もない平原になっていて、まるで夢のように消えたその国のことを、スークは幼い頃から不思議に思っていた。
その国は、イクスペリアのように石造建築の国ではなく、木で作られた建物に住む人々の国で、だからこの平原には何も遺跡は残っていないのだ、と聞いたことがある。でも痕跡くらいあったもいいのではないかと、スークには子どもの頃から思っていた。
国境は、この平原のどこかにある。だが国境の向こうのメネシアの民も、こちら側のイクスペリアの民も、この平原には恐れて近づかない。昼間はともかく、夜は亡霊が徘徊する、と言われているのだ。実際に、夜間にこの地を横切ってひどく恐ろしい思いをした旅人の話は昔から沢山あった。
騎士スークは何故、そんな平原に向かっているのか。それは、この平原の小さな谷の向こう、小さな丘に友トモイの住む村があるからだった。
この村の住人たちは、そうした恐ろしげな噂にも関わらずこの地に住む者たちだ。普通の人々ではない。この集落に住む人たちはみな、呪術を使えたり死人(しびと)と話が出来たり、特殊な能力を持つものたちばかりだった。一見何の変哲もない普通の外貌をした住人たちが、実は皆恐るべき能力を持っている。そのことを知ったとき、スークは戦慄した。そして、幼い頃から友として育って来たトモイとその妹のエトラもまた、そうした能力の持ち主だったことを知ってスークはショックを受けた。
スークが村に入って行くと、遊んでいた子どもたちが一斉に駆け寄って来た。「騎士スーク!騎士スーク!何かお話しして!」
スークは馬を下りて言った。「やれやれ。私はそんな面白い話は知らないぞ。」
「ねえ、騎士スーク。さっき沼であった女の人の話をしてよ」
「なんだ君たち、もう知ってたのか」
「そりゃみんな知ってるよ。そのくらいのこと、ほとんどのやつが分かっちゃうもん。」子どもたちが笑う。
「やれやれこれだからな。でもさっきあった女の子は、ちょっと驚くような子だったぞ。」
子どもたちはみな興味津々でスークの話に食いついている。分かっていても、お話を聞くのはまた違うらしい。子どもはみんなお話が好きなのだ。
「その子は薄いブルーに塗られた二頭立ての馬車に乗った、お姫さまだった。」
「お姫さま!」
「でもその人、自分はお姫さまじゃないって言ったんでしょ?」
「知ってるなら聞かなくてもいいだろう」
「バカ!いいところなのに。」隣の子がその子をごつんとやる。
「ごめんごめん黙ってる」口を挟んだ子が頭をさすった。
「ああ、でも正真正銘のお姫さまだった。本当のお姫さまになると、自分をお姫さま扱いされるのが煩わしくなるのかもしれないな。」
「どんな服を着てたの?」女の子が手を挙げる。
「馬車と同じ、薄いブルーのドレス。あれは美しい生地だった。都でしか見たことがないような。」
「じゃあ、都のお姫さまなんだね。スゲー!」
「それにそのお姫さま、何と、馬車を飛び出すと、お供の馬を奪って槍を構えて、白い水竜に投げつけたんだ。」
おおー!という子どもたちの声。みんな分かっているのに盛り上がる。子どもというのは不思議だな、と思う。スークの幼い弟も、やはり同じ話を何度しても興奮する。知ってる話を何度も聞くのが好きなんだな、と思う。(以下続)
騎士スークは打ち捨てられた街道を、さらに先に進んだ。沼はぼうぼうに生えた草や灌木の向こうに見えたり消えたりしていたが、やがて森が尽きると、広々とした平原に出た。この平原は、かつて古い国が栄えたと言う伝説があった。しかしスークが幼い頃にはすでに何もない平原になっていて、まるで夢のように消えたその国のことを、スークは幼い頃から不思議に思っていた。
その国は、イクスペリアのように石造建築の国ではなく、木で作られた建物に住む人々の国で、だからこの平原には何も遺跡は残っていないのだ、と聞いたことがある。でも痕跡くらいあったもいいのではないかと、スークには子どもの頃から思っていた。
国境は、この平原のどこかにある。だが国境の向こうのメネシアの民も、こちら側のイクスペリアの民も、この平原には恐れて近づかない。昼間はともかく、夜は亡霊が徘徊する、と言われているのだ。実際に、夜間にこの地を横切ってひどく恐ろしい思いをした旅人の話は昔から沢山あった。
騎士スークは何故、そんな平原に向かっているのか。それは、この平原の小さな谷の向こう、小さな丘に友トモイの住む村があるからだった。
この村の住人たちは、そうした恐ろしげな噂にも関わらずこの地に住む者たちだ。普通の人々ではない。この集落に住む人たちはみな、呪術を使えたり死人(しびと)と話が出来たり、特殊な能力を持つものたちばかりだった。一見何の変哲もない普通の外貌をした住人たちが、実は皆恐るべき能力を持っている。そのことを知ったとき、スークは戦慄した。そして、幼い頃から友として育って来たトモイとその妹のエトラもまた、そうした能力の持ち主だったことを知ってスークはショックを受けた。
スークが村に入って行くと、遊んでいた子どもたちが一斉に駆け寄って来た。「騎士スーク!騎士スーク!何かお話しして!」
スークは馬を下りて言った。「やれやれ。私はそんな面白い話は知らないぞ。」
「ねえ、騎士スーク。さっき沼であった女の人の話をしてよ」
「なんだ君たち、もう知ってたのか」
「そりゃみんな知ってるよ。そのくらいのこと、ほとんどのやつが分かっちゃうもん。」子どもたちが笑う。
「やれやれこれだからな。でもさっきあった女の子は、ちょっと驚くような子だったぞ。」
子どもたちはみな興味津々でスークの話に食いついている。分かっていても、お話を聞くのはまた違うらしい。子どもはみんなお話が好きなのだ。
「その子は薄いブルーに塗られた二頭立ての馬車に乗った、お姫さまだった。」
「お姫さま!」
「でもその人、自分はお姫さまじゃないって言ったんでしょ?」
「知ってるなら聞かなくてもいいだろう」
「バカ!いいところなのに。」隣の子がその子をごつんとやる。
「ごめんごめん黙ってる」口を挟んだ子が頭をさすった。
「ああ、でも正真正銘のお姫さまだった。本当のお姫さまになると、自分をお姫さま扱いされるのが煩わしくなるのかもしれないな。」
「どんな服を着てたの?」女の子が手を挙げる。
「馬車と同じ、薄いブルーのドレス。あれは美しい生地だった。都でしか見たことがないような。」
「じゃあ、都のお姫さまなんだね。スゲー!」
「それにそのお姫さま、何と、馬車を飛び出すと、お供の馬を奪って槍を構えて、白い水竜に投げつけたんだ。」
おおー!という子どもたちの声。みんな分かっているのに盛り上がる。子どもというのは不思議だな、と思う。スークの幼い弟も、やはり同じ話を何度しても興奮する。知ってる話を何度も聞くのが好きなんだな、と思う。(以下続)