今日は10月5日。季節の経つのは早い。この前更新したのが1日木曜日なので、金土日と三日間更新できなかった。金曜日は毎週忙しいので仕方ないのだが、この土日は近くで草刈りをやっていて、草刈機の音がかなりうるさい。今日もまだやっているので、少し場所を変えて書いている。ものが集中して書ける場所というのはそんなにたくさんあるわけではないので、この機会に少し増やせたらいいかな、とは思う。

 

しかしこういうのは、微妙な机の高さとか椅子の高さ、お気に入りのクッションがあるかないかなどでかなり左右されるので、結構面倒臭いのだよな。だから一度お気に入りの場所ができるとなるべくそれを維持しようとする。しかし「○○がないと○○できない!」というのが多いのは人間としては弱点なので、なるべくそういうものは増やさないようにしようと思うのだが、しかしあった方が生産力が上がるならあったほうがいいわけで、まあその辺もバランスだなと思う。あれば生産量が上がるが、なくてもできる、くらいにはしておかないといけないと思う。

 

先週は胸の筋肉が痛いところがあったのだが、今週は背中が痛い。少し目を酷使した感もあるし、右手は少し腱鞘炎っぽい。まあ、この年になるとどこかしらいつも痛いのは仕方がない、という感じにはなっていて、大したことがなければ忘れてしまうくらいの痛みなのだが、微妙な疲れや痛みを見逃して少し重い感じの不調になることもあるから、痛みは囚われてもいけないが無視してもいけない、みたいなこれもバランスという話になってくる。

 

 

 

 

今朝スピリッツの「ダンス・ダンス・ダンスール」を読んでいて、ブランコが潤平に実業家のパトロンを紹介するのだが、その関連でRoyal College of Artとか、ダイソンの創業者がそこを出ていて学長を務めたこともあるとか、MBAよりもMFA、つまりMaster of Fine Artの学位が重視されるようになってきているとか、現代はVACUの時代(Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ))だとか、最近欧米のビジネスシーンとかから関心が離れていたけれども、やはりこの世界は面白いなと改めて思ったりした。「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」という本を以前少し読んだが何を言いたいのかよくわからなかったのだけど、こういう話を読むとこういうことかと合点がいくなと思った。

 

千葉雅也氏が「日本のエスタブリッシュメントは学歴エリートで固められているからそれに食い込むにはネオリベ的な生き方をするしかない」みたいなことを言っていて、まあなるほどそれはそうかもしれないとは思ったが、いかにもせせこましいなあと思う。

 

実際のところ、本当のエスタブリッシュメントは麻生太郎氏とか安倍晋三氏とかを考えても、「学歴エリート」なんてものでは全くないのだよな。多分ネオリベ的に生きないと上昇できないというのは、いわゆる氷河期世代の人たちの感覚なのだと思うが、我々はもう少し上のいわゆるバブル世代なので、あまりそうは思わない。旧来のエスタブリッシュメントは茶室の腹芸とかが重要だったわけだが、我々の世代だとセゾン文化に代表される現代美術的なものにも価値を見出し始めているわけで、ただそのアートをめぐる状況が社会的な余裕のなさも加わって、かなりストップした状況になっているとは思う。

 

アーチストや美術研究者の中にはかなりレベルの高いことをやっている人もあるように感じるが、まだマーケット的には成熟していない。美術品の売買の二次市場ができてないのが大きい。こういうのは本来、気鋭の若手レストランオーナーとかホテルオーナーとかが他との差別化を図るために気合の入ったコレクションを作ったりするものだと思うのだけど、日本のネオリベには全然そういう余裕のある人たちがいなくて、というよりそういうものに価値を見出す能力に欠けていて、まあそこら辺にもいつまで経っても日本のビジネスが三流っぽく見える理由はあるんだろうと思う。この辺は中国や韓国の方が進んでいるくらいだと思う。

 

平成に入って無意味なリストラを進めたのは団塊世代の責任だが、その流れを止められずただ受け継いだだけで、自分たちは逃げ切れるからというような感じで経済をダメにしてしまった責任は我々1960年前後に生まれた世代にあるんだろうと思う。リストラで経済が発展するはずはないのだが。

 

我が国ではアートとか学問とか科学とかいうと、なぜか「不要不急の」という枕詞がつくのだが、それだけ余裕のない国になってるんだなと思う。衣食足りて礼節を知ると言うが、金持ちになっても「10億円預金しにいく」動画を撮ったりSNSで金をばらまいたりしているのが日本の代表的金持ちというのでは、100年経っても第一次世界大戦の時の成金の絵、1円札に火をつけて「どうだ明るくなったらう」とやってるのから全然進歩していない。

 

アートや学問というのは不要不急のものではなく、そこに人間としての価値みたいなものが現れる場所なのだが、そこに背を向けることがカッコいいみたいになっているネオリベたちを見ていると、長くはないだろうなと思うしかない。

いろいろと書きたいことがあるのだが、まあいろいろと書き散らしてみよう。

赤坂アカ・横槍メンゴ「[推しの子]」が面白いのでこれについて書きたいと思って皆どういうことを言ってるのかとググってみたらまとめサイトなどで交わされている意見も面白く、やはり面白い、勢いのある漫画というのはファンもノリノリで感想を交わし合うよなあと読んでいて楽しくなった。

 

 


原作者の赤坂アカ氏は同じ週刊ヤングジャンプに自分の作画までする作品として「かぐや様は告らせたい」を連載しているので、流石に超人的だと思うのだが、その両方が面白いというのはすごいと思う。週刊少年んジャンプでも昨年だったか「Dr.Stone」作画のBoichi氏がオリジナルスピンオフを連載していてすごいと思ったが、その後ちょっと疲れが出た感じだったので、赤坂氏の超人ぶりが際立つが、マンガの工程で物理的に大変なのは作画だ、ということかもしれないとは思った。おそらく原作=ネームを二つ作るより、連載作品とは別の作品に作画もするという方が大変なんだろう。

70年代とかだとジャンプ・マガジン・サンデー・チャンピオン・キングの五大誌に複数連載を持つということも珍しくなかったが、当時の漫画に比べると現代は書き込みの量が違うし、なかなかそうは行かないんだろう。しかし逆に言えば当時は「月に一度休載する」という今では割とスタンダードになった連載方法もなく、とにかく原稿を落とせないという感じだったからそこらへんはマンガ家を相当疲弊させただろうなとは思う。

「かぐや様」のまとめサイトを見ていて面白いなと思ったのは、実はこの作品は「竹取物語」を下敷きにしている、ということが考察されていて、なるほどそうだったのかと思ったのだった。主人公の「四宮かぐや」はもちろん「かぐや姫」自身なのだが、もう一人の主人公・白銀御行はかぐや姫への五人の求婚者の一人、大伴御行であり、他の生徒会のメンバーもそれぞれ求婚者たちの名前が使われているという。

 

 


竹取物語ではもちろんかぐや姫は五人の求婚者を振り、最後には帝の求婚まで断って月に帰ってしまうわけだけど、「かぐや様」では求婚者の一人である「御行」とのカップルが成立し、逆に「かぐや姫」の属する「月の世界=名家の魑魅魍魎の世界」と縁を切っていくという話になっていると解釈できるのが面白いなと思った。

この辺の構造を読み解いていくのは面白いと思うが、それは多くの人がやっているので時々思いついたことを書くくらいにするけれども、とりあえず早坂愛が「アイルランド人とのクォーターであり、四宮本家のスパイでもある」という設定が「月の世界からの使い」的な立ち位置になるなと思ったことだけ書いておこうと思う。

昔はマンガ家にこうした感想や分析を届けるのは「励ましのお便り」を出すしかなかったのだと思うが、今はネットに感想を書いておくとマンガ家本人がエゴサーチをして見つけて(「進撃の巨人」の作者諫山創さんによると「ネットパトロール」)読んでくれたりするので、その辺は面白いと思う。作家さんによっては読者の意見に影響されすぎる人もいるので読者の側も一定匙加減が必要だなと思うこともあるのだけど、読者がいろいろ感想や分析、今後の展開の予測などを出し合ってキャッキャしているところを作者本人が読んで何らかの形で影響が与えられているというのはまさに現代日本のマンガ文化だなと思う。

 

 


「[推しの子]」はそういう下敷きにした定型みたいなものがない(あるのかもしれないが気づかれていない)ので、書こうとすると割と各話についての生々しい感想になるのだけど、最近の展開で言うと「10秒で泣ける天才子役=重曹を舐める天才子役」の有馬かな(ルビーの言によるとロリ先輩)のヒロイン度が爆上がりで展開の台風の目になっているのだが、一話一話の展開が結構構造逆転的になっていることが多く、貼られている伏線がどう生かされていくのか、いろいろと興味深い。まあとにかくこの作品は今年1番の名作だと私は思っていて、ただそういう意味で大事にしたいという感じもあるのでいろいろなことを書きにくいということもある。私は基本ルビー推しなのだが、かなちゃんも好きなので今後の展開に期待したい。

こうやってブログを書いてみると、ツイッターとはやはり文法が違うなと改めて思う。ツイッターは時々ビーンボールを投げたり略語とかスラングとかも使いまくりで「140字として面白い文章、興味を惹かれる文章、伝わりやすい文章」を書くことになる、つまりは「エッジの立った短文」を書くことになるわけで、これはこれで私はとても好きで、ある意味「座談」のようなものなわけだけど、ブログの方は文章としての一貫性が必要だし、基本的な知識のない人にはある程度基本情報を提供する姿勢も必要なわけで、「ブログとしての面白い文章」をかくことはツイッターのツイートとは基本的に違う、というか似て非なるものである部分がある。

これはまた紙の雑誌に掲載する文章とか、あるいは論文、あるいは書籍にするための文章とはまた違うわけで、やはり読んでもらうためには媒体に合わせた文体や書く姿勢みたいなものが重要になってくると思う。私はツイッターは2008年(だったかな)からやっているからもう12年だし、ブログの方はウェブ日記まで入れれば1999年からやっているからもう20年以上なのだが、その中で「ネットで届きやすい文章」というのはこういうものかな、というのはだんだん考えができてきたのだが、まあいつもそういう書き方をしているわけでもない。

ただ、後に残る文章も書いていきたいとは思っているので、またそういうものはそういうものとして書いてみたいと思う。今の時代の今の文化というものがどんなふうに面白かったのか、残しておくのも多分無駄になることではない気がする。

久々にマンガについて書いてみたい。最近読んでいるマンガで特に面白いもの、次の展開が待ち遠しいものをいくつか挙げてみる。

 

 

 

 

新川直司「さよなら私のクラマー」既刊12巻、月刊少年マガジン連載。「四月は君の嘘」の新川直司の最新作も、もう連載丸4年を超えた。高校女子サッカーが舞台だが、才能のある3人の女子を中心に、無名校が強豪校に立ち向かっていく。ついにテストマッチとはいえインターハイ優勝校に肉薄するところまで行き、選手たちの情熱が一度は消えたかに見えたグータラ監督のサッカーへの情熱に再び火をつけ、新たな戦術で再チャレンジする。

 

クラマーとは日本サッカーの父と言われたサッカー指導者で、ドイツ人のデットマール・クラマーのことを指しているのだろう。だから作中ではグータラ監督である深津吾郎のことを指しているのだと思うが、今書いてみて日本のサッカーを冬の時代からJリーグに代表される花形スポーツに押し上げた夢よもう一度、みたいなことも示唆しているのかなと思う。作中、「女子サッカーの未来」という言葉が何度も出てきて、必然的にそのことについて考えさせられる。

 

主人公と言えるのは「さよならフットボール」でも主役だった恩田希だと思うが、彼女は中学では女子サッカー部でなく男子サッカー部で男子と対等に渡り合うもフィジカルで及ばない、という悔しさを味わっている。そして才能はあるが突出しすぎて周りに理解されなかった周防すみれ、掛け値なしの中学時代から全国3位をとった実力のあるボランチだった曽志崎緑を加え、様々な少女たちがいろいろな思いの中、サッカーに打ち込んでいく。

 

恩田は世界のトッププレイヤーしかできないようなすごい足元の技術を持っていて、ただ周りが見えてないのでそこにつけ込まれやすい。ガサツと言われている。周防は無口で理解されにくい少女で、インシツとかブアイソとか呼ばれている。曽志崎は重度のオタクで麻呂眉なので、マロ眉とかオタク眉毛とか言われている。それぞれのキャラ付けもはっきりしていてその辺もある意味お約束の面白さもある。

 

また、ギャグの入れ方が独特だしその際のデフォルメも癖があり、ツッコミも直ちには意味がわからないことも往々にしてあって、この辺は「四月は君の嘘」の頃からそうだったのだが、その辺も慣れてくると病みつきになる味わいがある。

 

今の漫画にしては珍しく、大勢の少女たちが出てくるのにほとんど胸は強調されてない、というかほとんど真っ平に描かれているのは一つの特徴だと思う。萌えをそこに求めていないといえばいいのか。妄言ばかり吐き確かにガサツなのに十分彼女たちは可愛く描かれていて、ある意味流行へのアンチテーゼを感じさせられる。

 

好きなキャラは何人もいるが、特に好きなのは越前佐和だろうか。もともとマネージャーみたいに恩田にひっついていたという感じだったのが、彼女らの情熱に当てられて自分もフィールドに立ちたいと思うようになり、下手は下手なりに運動能力を生かしてエースに対するディフェンスに起用される。自分を落ち着かせるのに「南浦和 蕨 西川口 川口」と京浜東北線の駅名を頭の中で唱えたり、「武蔵浦和 北戸田 戸田」と埼京線の駅名を唱えたりするのもいい。遠慮して人が言えないことをドーンと言ってしまう天然なところも可笑しい。

 

いくつか、と書いてみたがこの一本の感想で十分時間がかかってしまったのでとりあえず他の作品は次回に。「さよなら私のクラマー」、テレビと映画でWアニメ化とのこと。めでたい。