犬神もっこす(1) (モーニングKC)/講談社
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以前、西餅さんの読み切り作品、『ハルロック』について 書きました。今日は、西餅さんのデビュー作にしてブレイクした作品でもある、『犬神もっこす』について書きたいと思います。


この作品は、自分の中に閉じているのになぜかやたらと行動力のある「犬神君」が、北九州の大学で学生劇団(作中では「劇研」と呼ばれます)に入り、さまざまなハプニングを引き起こして行くうち、自分がどういう人間であるかを理解し、また閉ざされていた心が開かれて行く、というストーリーです。

実は私も学生時代は学生劇団で俳優や演出、また裏方も脚本書きもやっていたので、初めて読んだときには、学生劇団のメンバーの生態や、内部の人間関係など、自分の経験に即した面に気を引かれて、そちらの面白さを主に感じながら読んでいました。


私はずっとモーニング本誌で連載時に読み続けていたのですが、改めて単行本を買って読み直して見ると、そういう表面的な面白さはもちろんのこと、むしろ主人公の心の中の閉ざされた闇を解明していく、作品終盤の謎解きの方に集中して読んでいる自分を感じました。


人が生きるということは、何にせよ何かを、過去の記憶や悲しみ、おそれや期待、様々なものを背負って生きることになるわけですが、「犬神君」が強く感じていたのは「喪失への恐怖」でした。


それは誰でも多かれ少なかれあるものだと思います。


でも犬神君の場合は極端で、「失うくらいなら最初から得ない方がいい」とか、「失うならば最初から仲良くならない方が、関係を深めない方がいい」という心の閉ざし方をしているということが明らかにされて行きます。


それを明らかにして行くのが、終盤に出てきてこのマンガのヒロインになった「蔵前さん」なのですが、「蔵前さん」は実際に行われている公演の時に、犬神家の一族(笑)や「劇研」の皆が見守る舞台上で、その心の壁を溶かし、開け放っていくというサスペンスに満ちた展開が、緊張感を持って描かれていました。


長期間連載される作品の中には、途中まではすごく面白いのに終盤に来て失速するパターンがあるのですが、この作品は5巻で完結という長さもよかったのでしょう、最後に作者渾身のエピソードを持ってきて、きれいに一つの作品としてまとまっている感じがしました。


こういう作品を読んでいると、この作品は作品として「幸福」だなあと思うのです。


「俺たちの戦いはこれからだ!」というラストともに「打ち切り」になったり、人気があるためにエピソードも尽きているのにただ連載だけが続いて行く、というような作品が多々見られるなかで、題材にふさわしい、程よい長さの作品が、内容に合った形で生み出されることが、どれだけ幸福なことかと思うのです。


そうしたことも考えた作品が、作られて行くといいなあと思うのです。