惡の華(10) (少年マガジンコミックス)/講談社

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別冊マガジン3月号に押見修造『悪の華』54話が掲載されています。

このマンガを最初に見たのは書店でした。憧れの女生徒の体操着を盗む、という衝撃的な出来事から始まるストーリーは、あまりに刺激が強すぎて続きを読めなかったことを思い出します。表紙も挑発的でしたし、かなり高いバリアと言うかオーラを放っていました。関心がないわけではなかったのですが、少し近づけない感じがしていました。

それ以来、書店で次々に新刊が発行されていくのは見ていたのですが、手に取らないままでした。

このままで多分読まないまま終わるマンガだろうと思っていました。

ところが、『悪の華』は向こうからやってきたのです。

と言えば大げさですが、私が『進撃の巨人』にはまり、別冊マガジンを毎月買うようになって、そこに『悪の華』が掲載されていることを知ったのです。

ちょうど、主人公の春日と仲村さんとのくだりが最後を迎える頃でした。この世界に居場所がない、行く先のないいらだちに破壊的な言動を続ける仲村さんに、生きている感じがつかめない春日はどうしようもなく引かれ、ついには一緒に破滅することを望んだのに、最後に仲村さんに突き飛ばされて現実に戻ってきてしまったのです。

そのあたりから、連載では読むようになりました。ですから今の常磐さんとのくだりの部分は、ずっと読んでますし、かなり好きです。そして、春日の持つある種の力が常磐さんを解放していく、その展開には痺れました。

そして、ついに春日が仲村さんと再会します。話すこともできない感じでしたが、思い切って声をかけた常磐さんに答えて三人は海にやってきました。しかし、仲村さんはもう、過去のことははぐらかす一方でした。

そして最後に、春日は仲村さんに、仲村さんが春日を突き飛ばしたことについて尋ねます。

第54話はここからです。

春日がなぜ、このことにこだわっていたのか。仲村さんは、常磐さんとつきあっているのか、と尋ね、春日はそうだ、とはっきりと答えます。仲村さんは、「そうやってみんなが行く道を選んだんだね」と言います。「仲村さんは?」仲村さんはうつろな目をして空を見つめます。

仲村さんはまだ、この世界に居場所を、行く道を見つけてはいなかったのでしょう。

去ろうとする仲村さんに、常磐さんが声をかけます。まだ行く道を見つけていない仲村さんは、まるで過去の自分のようだと言います。そして、「あなたには春日くんと生きていく道がある」と言います。常磐さんは、二人のつながりの深さに、自分は身を引いてでも仲村さんに救われてほしい、と思ったのでしょう。

しかし仲村さんは、無言で去ろうとします。そんな仲村さんを春日は後ろから捕まえ、叫び声とともに砂浜に投げつけます。何度も何度も。「仲村さん、僕は何も捕まえられない。必死で手を伸ばしても、触れたと思ったら離れていく。たどり着いたと思っても、また始まる」この辺りは、本当にその痛さが分かります。私が、10代20代の頃、本当に感じていて、でも誰にも言えず、誰にも理解してもらえないと思っていたことだからです。春日はずっとそれを手に入れたいと、遥かな場所を見ている仲村さんに憧れて一緒に破滅しようとまでしたのに、突き放された。

なぜ、突き放したのか。そのときの仲村さんの思いは、仲村さんにも分からないのかもしれません。でも仲村さんは、最後に来て春日を自分の破滅願望に付き合わせていけない、と思ったのでしょう。でもそれは、最後に来て春日を見放した、ということでもあります。この日とは何処迄もはついて来ない、あるいはついて来させたくない、と思ったということな訳ですから。

春日はそれを理解したのでしょう。でも自分をついて来させなかった、自分から離れていったことへの怒りと悲しみと、でも本当には消えずにこの世に生きていてくれたことへの嬉しさを、「僕は嬉しい 仲村さんが消えないでいてくれて」と言います。

そして、仲村さんのげんこつが春日の頬に炸裂します。仲村さんは春日を振り回し、足蹴にし、水の中に叩き込みます。慌てて止めにはいる常磐さんを、春日は水の中に引きずり込みます。そして波の中で三人の笑顔が花開きます。

暗闇の浜辺で、仲村さんは改めて春日に別れを告げます。「二度とくんなよ ふつうにんげん」

自分たちはもう、同じ道を行くことはできない。多分、最初から無理だと、本当は仲村さんは思っていた。でも、その中で思いがけず命の火を燃やすことができたことは、春日だけでなく仲村さんの中にも残っていたのでしょう。

春日は常磐さんを選び、常磐さんに今までの自分のすべてを見せた。仲村さんも、春日を突き放すことで、二人を祝福した。常磐さんは、仲村さんのあまりの痛々しさと春日との深い負の記憶の共有に自分は入り込むことはできないとひるんでいたのですが、水の中で取っ組み合うことで、何かが浄化されたのでしょう。

こんな風に書いてみて、これが妥当な解釈なのか、はっきりとは分かりません。この三人が出会って、何が起こるのか、私は見当もつかなかったのですが、今回はただただ呆然と読んでいるばかりでした。

でも「手を伸ばしても届かない、たどり着いたと思ってもまた離れていく」ことを繰り返していた春日が、常磐さんと付き合うことによって確実に前に進んでいけるようになった、そのことは本当に凄いことだなと読んでいて涙ぐんでしまいます。

ここから、春日と常磐さんの絆は、さらに深まるでしょう。仲村さんが、春日の熱量に反応して前に進んでいけるように変わることができるのか、それは分かりません。でも何かが、確実に変わっていく。そんな期待感を持ちました。

来月号がどうなっていくのか、また楽しみです。