このブログに戦前日本の文化関連以外の記事をアップするのはなるべく控えたいところなのですが、内容からみてやはりネットで公開しておいた方がいいかもしれないと思いましたので、今回はある俳優のドラマ吹き替え疑惑の顛末について書いてみます(私が直接当事者という訳ではありませんのでご安心下さい笑)。少し長くなりますがよろしければお付き合い下さい。

 

このブログで特撮俳優として数回取り上げてきた山口あきら(暁から改名)ですが、当時は刑事ドラマにもレギュラーやゲストで出演していました。先日『Gメン'75』第71話「刑事の女体受託収賄事件」が東映チャンネルで放映されたのですが、ゲストの山口の「罠に落ちたエリート刑事」の演技が実に素晴らしく、「いい役を与えられたらやはりいい演技をするなあ」と感心しておりました。

「俺は何一つやましいことはしていない・・・潔白だ!」

 

その後「この回を観た人がTwitterか何かで感想を書いていないかな」とふと思い立ち、少し検索してみたところ、吹き替え専門の声優らしい人が3年半ほど前に書いたツイートが見つかりました。リンクするのは控えますが、以下のような文章でした:

 

この回は、山口あきら(後に豪久)がゲストなのだが、開口一番「ん!?」と違和感が。良く聴くと、山口本人の声じゃない。西田健の声でアフレコされている。理由は恐らく、台詞回しが固いせいだろうが、本人オンエア見て、ショックだったろうなぁ・・・。

 

私は、山口が他のドラマでも同じく見事に声のトーンを変えて演じているケースを知っていましたので、「おや声優ともあろう者がまんまと引っかかっている、ってなんでいきなり西田健なのよ?笑」くらいに思い、そのまま気にも留めていませんでした。ちなみにクレジットには吹き替えなどの表記はありません。

 

ところが暫くして、このAmeba内のブログで、ある芸能界の方が「せっかくの山口さんの演技だけれど、声が西田健さんに吹き替えられていて本当にお気の毒」といった内容の記事を書いているのを偶然見つけました。私はあああのツイートを読んだのかなと思い、とりあえず「ご心配なく、あれは山口本人の声ですよ」とコメントでお知らせしておきました。

 

ただどうも気になったので、今度は広めに検索をかけてみたところ、なんと結構な頻度で「あの回の刑事役は西田健の吹き替え云々」というコメントがぼろぼろ出てきました。これは一体何が起こっているのだろうと不審に思っていると、「デアゴスティーニの冊子がなければこの事実は永遠に云々」といったコメントが見つかったので、「えっまさか」と思い、去年4月にデアゴから発売された「隔週刊Gメン'75DVDコレクション24号」を早速購入してみたのですが、

 

うわあ何これ!こんなので拡散されたらもう手の施しようがない(愕)

 

「・・・『Gメン'75』には今回が唯一の出演だが、声を西田健(ノンクレジット)が吹き替えているため、残念ながら、本作で山口の肉声を聴くことはできない。」

しかも誰が書き込んだのかWikipediaの「西田健」のページにまで「山口あきらの吹き替え」と記載してあるし(涙)

 

山口はボイスチェンジの得意な俳優で、『仮面ライダーV3』第47話の偽結城丈二を演じている時も吹き替えかと思うくらい声を変えています。しかもその回では、声や表情だけでなく、仕草、動き、走り方までまるっと別人に変わっているので、私も声どころか役者も一瞬代役?と感じた程です。こういうパターンの俳優は、特に特撮ジャンルでは他にはいないのではないでしょうか。

 

『仮面ライダーV3』より 

組織から狙われる元リーダーの結城丈二

 

「デストロンのマークだ・・・」

 

「貴様!結城丈二!」

 

そしてデストロン怪人が化けた偽結城丈二(まるで別人汗)

「この時限爆弾で、少年ライダー隊本部はバクハツする・・・それでお仕舞いだ!ハハハハ」

 

「おれははじめからデストロンをうらぎってはいない」

 

「偽結城丈二、正体を表せ!」「くっ!」

ライダーマン役の山口暁が演じている結城丈二を、別人が入っている本物のライダーマンが倒そうとしている若干ややこしいシーン(笑)

悪役なのに主役級のアクションが決まっています

 

いや〜メイクがどうのこうのというレベルではなく、役によって本当に顔から声から仕草から「周りの空気を全部変えてくる」のですよ。私はかなり驚いたのですが、これを観たことのある方に一度感想をお伺いしたいものです。

 

もし「山口あきら吹き替え疑惑検証本部」(?)なるものがあれば、私は15分ももらえれば、山口の他の出演ドラマのセリフと照らし合わせるなどして、そこにいる人たち全員を納得させるだけの自信があります。特撮以外の目的で、日本のドラマで日本人の俳優に対し日本語で吹き替えをしたなんてバカなことは聞いたことがありませんし、発声がいつもと違うというだけでいちいち吹き替え疑惑を持たれては、もはやどの声がオリジナルかわからないと言われている声優界の大御所山寺宏一や、『名探偵コナン』のベルモット役や『Dr.スランプ』のアラレちゃん役の小山茉美あたりはどうなるのでしょう(笑)。役者の時と声優の時とで声を使い分けている俳優もいます。

 

にも関わらず今回のケースで大多数の人が「さもありなん」と思ったのは、ひとえに山口あきらがこれまで演技派俳優として全く認められてこなかったことにあると思います。デアゴのライターも、知らない俳優だし原稿の締め切りも迫っているので、ネットでこのツイートを見つけてこれ幸いとばかりにそのまま記載したのでしょう。50年近くも前のドラマの中のたった1話のことで、演じた本人も死去しており、クレジットにも記載がないのですから、このことが事実だったかどうかは当時の正式な記録でも出てこない限りもはや誰にも確認できない筈です。Twitterに書き込んだ声優さんも、クレジットどおりに「ふうん山口あきらはこんな声も出せるんだ」と素直に考えればそれで済むことでした。

 

ただ、公序良俗に反しない限り何でも書き込めるのがTwitterですので、最初にこれをツイートした人が悪いのではなく、これが俳優の名誉に関わるという認識もなく、あくまでも個人の感想に過ぎない情報を安易に広く流したデアゴスティーニ側の責任です。

 

しかしながら冊子は既に日本全国に配布されてしまっているのでもうどうしようもありません。紙媒体は保存がよければ何十年も残るので、そこが「消去すれば終わり」のネット上の情報よりも遥かに怖いところです。残念ではありますが、今後もこの冊子を読んだ人の殆どは「ああこの役者は吹き替えをされるほど本当に演技が下手だったんだな」と疑いもなく思うことでしょう。ただ、中にはあの迫真の演技を観て「あれ、吹き替えしているようには思えないけど?」と判断できる聡明な方もおられることを祈ります。

 

数年前のツイートがいきなり拡散して取り返しのつかない事態になるというケースは、これまでは何となく他人事のように感じていましたが、まさか自分の知る範囲で発生していたとは思いも寄りませんでした。私は関係者ではないので何もできないのですが、なんだか本当に申し訳ないというか、ボンクラばかり揃っている現代人を代表して故人に陳謝したい気持ちでいっぱいです。

 

ただ、ドラマの放送から50年後に生きる私たちを見事に引っ掛けた山口さんですから、ご存命ならば「いやあこれこそ役者冥利に尽きますね」と言って笑って許して下さるかもしれませんが・・・

 

・・・すっかり長文になってしまいましたが、天下のデアゴスティーニを相手にするような内容でしたので(汗)どなたが読んでもご理解いただけるように丁寧に書いてみました。最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

[追記]

1973〜74年放映の萩原健一主演ドラマ『風の中のあいつ』19話、20話に山口暁がゲスト出演していますが、やはり急に声が変わるシーンがあって驚きました!本当に「今の誰?」レベルです(汗)。こういう演技アプローチをしてくる俳優は本当に稀だと思いますし、広く知られていないので、将来また「これは吹き替えだ」云々と騒ぎ立てる人が出てくるかもしれませんね。