戦前の日本では、貴金属製品の製造は昭和13年、銀製品は昭和15年で殆ど途絶えてしまうので、その後の戦中日本を埋めるつもりで、気楽な気持ちで「号外」を書いているのですが、実はブログアクセス数が倍増するなどこちらの方が人気になっているようで、ちょっと複雑な思いです、笑。

国立公文書館から届いた冊子(コピー)の中に、美山要蔵という人の書いた「東條元首相会見記」が綴じられていました。私としては「東條元首相手記」よりよほどこちらの方が信憑性があり、敗戦直後の東條の思考をよく表していると思いますので、比較的短い文でもありますし、ブログで全文を掲載します。
美山要蔵は、当時陸軍省の若手の将校で、戦後は靖国神社のA級戦犯合祀に深く関わった実在の人物です。この会見記はタイプで打たれているので広く配布されたようなのですが、出所がわかりません。調べましたところ、伊藤智永著「陸軍省高級副官 美山要蔵の昭和 奇をてらわず」(講談社)に同じものが引用されていましたが、そちらでも出所がよくわかりませんでした。おそらく伊藤氏は私と同じもの(国立公文書館所蔵分)をご覧になったのでしょう。



二○、八、二七

前略
正午上司に無断にて用賀に東條大将を訪う。
何れは自決されるか、戦犯になるかであるから、生前に一度御会いいたしたき考えからであった。丁度畑仕事を肩章をとったカーキー服でやって居られた。大変喜ばれて野菜許りの五目飯を御馳走になりながら御話を伺った。

「今後も大勢を大観してやって行かなければならぬ。生づ第一に皇室の問題である。国民の怨嗟の的とならんようにせよ。終戦について議論はあるも、段々処理が進むと戦争継続よりも苦しいことも出来てくるが、御聖断を此の如しと思わせてはならぬ。全責任は、輔弼、補翼者が追う如くすべきである。然らざれば皇室が消滅する迄行くこととなる虞がある。次に軍の統制は錦旗奉載にある。一糸紊れざる姿で
清い姿を以て武装解除に応ずべきである。

次に靖国神社の処置であるがこれは永久に保存する。御親拝も当然にあることと思う。未合祀の戦死・戦災者、戦争終結時の自決者も合祀すべきである。之を犬死にとしてはならぬ。人心安定、人心一和の上からも必要である。

共産主義の傲慢を極力防止しなければならぬ。即ち戦争過程に於ては日ソ支結合にて米英に対抗せんとしたこともあるが、降伏せる故にここに転換することが必要である。ソ連に媚態を呈するは不可、米英と伍み、ソ連に対抗すべきである。自由主義は尚共産主義よりも可なりである。

破れたりといえど本戦争が国際同義に立った戦争なりとの印象だけは後世に残さねばならぬ為之満州国皇帝、総理の取扱に注意すべし。比島大統領も我手に於て保護すべし。之を敵手に委するならば、小日本となるであろう。

作戦的に将来の観察をすれば、米国は日本の静謐を維持するであろう。其の真意は米は将来ソと戦うことになると考えて居り、米は大陸に手をつけんとしている。恐らく米はソの回復に先だってソをやっつけるであろう。内地及南鮮は米の航空基地となるであろう。

今後に処するの道は身心の健全を保持するにある。

次に戦争責任者について述べる。元来戦争責任者はあっても戦争犯罪者はない。而してそれは陛下ではない。彼が要求して来たら之に応ずべきである。応じ方であるが小さい者迄行くのは不可である。小物が相手になるのは不可である。東條一人というならばこれは世界的にも明かでよし。岡村、寺内は局部的指揮官である。窃盗、強盗は犯罪者であるが戦争責任者は犯罪者ではなない。

責任者は此処に居って敵の出方を待っている。極めて軽い気持ちで居る。自分は皇徳を傷つけぬ。日本の重臣を敵に売らぬ。国威を損しない。故に敵の裁判は受けない。

自分は陛下に代る為に栄爵を辞しない。大きな形で国に代るのである。

最近自害者が多いが、陛下の大御心を伝えて、復興に努力させるがよい。そのように説得せしむべきである。」

例の通り理路整然として話された。帰り際に「戦犯の発表があったらすぐ知らせてくれ。」と言われた。私のその時の直感では、「やるな。」ということであった。

その後、「附記」が続きますが、ちょっと疲れましたので写真でお読み下さい。



 
この会見記の内容は、元総理大臣秘書官の廣橋眞光が書き取った「東條英機大将言行録」の昭和二十年八月下旬の東條の発言とも一致します。

東條は、心情面ではどこか前近代的(古めかしい?)ですが、頭脳は岸信介らのいうとおり現代人以上の「官僚的合理主義」で、実に明晰ですね。将来の世界状況をずばずば言い当てているのはさすが先見の明を持つ指導者です。

日本敗戦後の米ソの関係についても実によく見ていると思います。実際朝鮮半島はすぐに米ソの奪い合いになりますし、さすがこういうところは鋭いです。大東亜共栄圏の国々に対しても、大国日本として最後まで真摯に対応していかなければならない、というところは、東條の責任感の強さをよく表していると思います。

皇室を損しない、日本人を敵に売らない、という思いは、その後の東京裁判の証言ではっきりと態度で示されています。東條は本当に心の強い人です。