「神を演じた男たち」 | 「生身感覚同期」⇒「写楽」

「生身感覚同期」⇒「写楽」

「光還元⇒自然同期」の「気づきの促し」⇒「ウツシ」「転写」「翻訳」の働き作用 「写楽」とは「転写」を楽しむ事です。

「神を演じた男たち」

★神を演じた男「黒澤明」1時間41分40秒1月18日の再放送です。

残念ですが公開動画は過去に2回ブロック・削除されています。

BS1スペシャル▽黒澤明映画はこう作られた証言秘蔵資料からよみがえる制作現場

[NHK BS] 2024年01月18日 午後10:40 ~ 午前0:20 (1時間40分) 2020年11月8日

初回以降今回で4・5回目の再放送?研究会メンバーには、「神を演じた男・黒澤明」1時間41分40秒として紹介しています。

日本映画の巨匠・黒澤明監督が残した映画は、「羅生門」「七人の侍」「天国と地獄」「影武者」「乱」など30本。それらは日本の映画界をリードし、世界の映画人に刺激を与えてきた。そんな黒澤監督の映画作りの本質を、撮影現場を記録した映像、黒澤監督に密着したドキュメンタリーの未公開シーン、映画スタッフが保管していた台本や創作メモなどの貴重な秘蔵資料と、黒澤映画を彩った名優たち、関係者の証言で浮き彫りにする。

「自我機能同期」のお話しです。「生身感覚」無き方々の証言録⇒「過去の物語」です。

ドキュメンタリーを紹介したブログです。

スピリチャルでアートな日々、時々読書2020年11月9日・14日より

黒澤明が乱を撮影中の姿を密着撮影したビデオ映像をベースにした黒沢監督を巡る人物像のドキュメンタリー。監督はこれまで何度も黒沢をテーマにした番組を制作している牛山真一。関係者へのインタビューも含めての内容である。

黒沢明は1950年の「羅生門」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞とアカデミー賞名誉賞を受賞し、一躍「世界の黒沢」と評価されるに至った。

しかし、その後、「七人の侍」に代表されるように、その完全主義と芸術至上主義のために制作費は高騰。黒澤プロダクションを立ち上げて独立した後は、巨額の借金を背負うことになる。

起死回生のために、黒澤はアメリカのプロデューサーとの映画制作を模索するが、20世紀フォックスとの「トラ・トラ・トラ」は制作の遅延により黒澤が解任されるという結果に終わる。1970年に単独で制作した「どですかでん」も興行的に失敗し、自殺未遂を起こすまでに至る。そんな彼に映画制作の機会を提供したのが当時のソ連のモスフィルムで、1975年に「デルス・ウザーラ」を完成。これがアカデミー外国映画賞を受賞したことがきっかけで、米国側映画会社が改めて黒澤に関心を持ち、ルーカスやコッポラが共同プロデューサーとなり「影武者」が完成。さらに「乱」の成功へと続くことになる。

番組は、彼のこうした軌跡を関係者の証言で辿っていく。かつて天皇として恐れられ決して帽子を取って頭を下げると言うことがなかった黒澤が、借金で首が回らなくなり、「どですかでん」の制作の際には頭を下げて回ったというエピソード。あるいは、シベリアの過酷な気候と旧ソ連の劣悪な制作条件の中で、日本人はほぼ数名という孤独な環境の中、体調が悪化しながらも高い完成度を求め続けた「デルス・ウザーラ」の制作現場のエピソード。その映画にかける執念と情熱にはただただ圧倒される。やはり彼にとって、映画は単なる商品ではなく芸術作品だった。

だから彼にとって、映画は作家である監督のものだった。雲が空を横切るまで何日も撮影を中断させたり、気に入ったセットが出来ずに複数の場所でセットを作って撮影したり、というエピソードは、現在のような利潤追求を徹底させた映画制作からは考えられない。しかし、黒澤組のスタッフは手が空いていれば誰でも参加して道に灰をまいて馬が走る時に砂煙が立ち上るように準備し、プラスチックで作られた城壁を本物らしく見せるための泥塗りも行った。黒澤の思い描くイメージを現実化するために、スタッフ全員がプロフェッショナルとして貢献する。過酷な労働条件だったのかもしれないが、その映画に対する愛と情熱はすごいことだと思う。

⇒「愛と情熱はすごい」との感想は「誕生後に定着している当人の「不安の補完用語」の使用です。このことに気づけ無いのが自我機能同期です。

「天国と地獄」で誘拐犯に抜擢された山崎努のインタビュー。その後も、「赤ひげ」、「影武者」などの黒澤作品に出演した彼は、黒澤のことを常に「あの方」と呼び、「自分はテレビ・インタビューに出演するのは苦手だが、あの方のためと言うことであれば無理を押してでも話します」と言って、黒澤のエピソードをぽつりぽつりと語っていく。

その語り口は、自分の人生に決定的な影響を与えた圧倒的な存在への敬意にあふれていた。多分、どんな無理難題を言われてもついて行きたくなるようなカリスマだったんだろうな。。。「用心棒」で敵役を務め、「影武者」、「乱」で主演した仲代達矢の発言にも、黒澤への深いリスペクトが感じられた。

1月18日放送の「黒澤明映画はこう作られた証言秘蔵資料からよみがえる制作現場」をメンバーには「神を演じた男・黒澤明」1時間41分40秒として紹介しています。とは

黒澤明作品の集約・凝縮されたドキュメンタリーです。黒澤自身に「ウツシ」「転写」「翻訳」に現象化された「映画イメージによる」現象化です。

また作品に出演する俳優にとっても監督に合わせた「ウツシ」「転写」「翻訳」の現象化であり、黒澤のイメージ転写が「映画作品」になっています。

 

「生身感覚」から現象還元すると、

いわゆる自我機能同期で言う「神」の「写し・転写」としての「自我機能同期」として「黒澤明」が現象化・出現したと読み取れるのです。

このような黒澤氏の「自我機能同期」の「思考・概念パターン」が古今東西の「神」「仏菩薩」を生成してきているのがわかるのです。

「此岸(この世)生身世界」「彼岸(あの世⇒異次元世界)」の意識現象界の生成は「自我機能同期」の循環現象である事がわかります。「生身⇒身体(からだ)」あっての「物語」「ストーリー」です。「言葉」「文字(映像)イメージ」あっての「意識現象界」です。

 

手塚治虫の「三つ目がとおる」「火の鳥」等も「自我機能同期」による「写し・転写」です。「ブルーノ・グルーニング」「Dr・フリッツ」の現象化⇒出現も「意識現象」による「個人・個別」の「自我機能」の現象化だったのです。「金剛蔵王権現」「曼荼羅」「空海」等々も同様な現象化も同じメカニズムで起きています。⇒「神を演じた男たち」です。「相互互換の写し転写現象」です。

 

と言うことは、「ブログの読み手・受け手の方々も意識現象の現象化⇒出現だ」という事です。

「個人・個別」の「名前・名札・肩書」を外し、現象還元すると「意識現象の戯(たわむ)れ」と見直しができるのです。わかりますか?

 

私たちの知りうる「物語」「ストーリー」の全ては「個人・個別」の「名前・名札・肩書」により作られてきた、そして、現在も続いている現実現象という事なのです。

 

今回紹介の黒澤明のドキュメンタリーは、そうした「自我機能同期」のメカニズムを「黒澤明」を通し見せてくれていたのです。

「Dr・フリッツ」は、「名前・名称は、どうでもいい事だ」と語っています。

参考動画「オリジナル「Dr・フリッツ」1時間1分8秒の 要約解説をお読み下さい。

自我機能同期は「対象化」「モノ化」「擬人化」「象徴化」を循環しながら「物語」「ストーリー」を生成しています。

「自我機能」とは「誕生後に刷り込み⇒刻印付け」された「名前・名札・肩書」による「私」「自分自身」の「自分感覚」を言います。

Youtube動画です。

黒澤明の全て「世界の若者と語る」

1-2021/09/08・1時間12分14秒 1991年06月09日 1998年88歳没

黒澤明 世界の若者と語る (youtube.com)

https://www.youtube.com/watch?v=LWPGEH6Uf6w&t=1357s

 

2-2013/09/30・1時間21分21秒 黒澤明からのメッセージ 美しい映画を 2000年3月1日 英語字幕

A message from Akira Kurosawa (youtube.com)

https://www.youtube.com/watch?v=j2xOiWldGKI&t=1642s

 

3-映画「乱」2021/02/09・2時間40分39秒1985年6月1日

Ran - Akira Kurosawa (1985) (youtube.com)

https://www.youtube.com/watch?v=85O6mzkKMoE