「売ればいいじゃないですか、

お金になるのだから。」

 

空家となっている母の不動産に関しての、後見監督人弁護士のお言葉です。

 

確かに私の任意後見人として代理権目録では、委任者の所有不動産の売買が認められている。

だから、

売っちゃっていいのかな?

 

社会問題となっている空き家、空き地の対応、

以下が考えられるのではないかと思う。

 

①現状維持

②活用

③売却

 

①現状維持

固定資産税、保険、草刈りなどの維持費負担がかかる。

平成26年11月に空家等対策特別措置法が成立し、空き家が社会的問題である事は一般にも周知されている。

自然災害による建物倒壊、火事等人的災害の心配、周辺環境悪化等。

問題が起これば後見人の管理責任も問われる。

現状維持にメリットはない。

ような、気がする、、、

 

②活用

相続税対策を売りとした大手メーカーによるアパート建設、

賃貸物件として貸し出す、駐車場等、利活用。

古民家カフェ、デイサービスなど高齢者向けスペース、子供食堂、シェアオフィス、シェアハウス、民泊などの社会的ニーズを考慮した様々な空き家活用も提案されている。

施設で暮らす親の家に子供が住む。

これも活用の部類に入るのでは。

法定後見はあくまでも現状維持が基本のため、積極的な活用は出来ない。

不動産を売却し療養看護費用を捻出する可能性などを考えると、下手に居住者がいると退去を迫ることが難しくなる。

子供といえども居住を推奨するわけにはいかない。

法定後見では活用は出来ない。

ような、気がする、、、

 

③売却

売却し現金化すれば、本人の現金資産が増え維持費もかからない。

売却は良い。

ような、気がする、、

 

法定後見の性質や社会通念を考えると監督人弁護士がおっしゃられた、売ってお金にする事が後見制度における空き家、空き地に関する一番良い選択のような、気がする、、、

 

我らこそが後見の専門職であると宣言し、士業後見人として最も多くの割合をしめるのは、福祉や法律ではなく不動産登記を得意分野とする司法書士だし、、、

後見制度とは不動産売却が目的の制度のような気もしてくる。

きっと今後は後見制度により空き家、空き地問題が解決されるのだろう。

 

だから、

空き家、空き地となっている被後見人の不動産は

売っちゃえばいいのかな?

 

 

後見監督人弁護士から売ってお金にすることを推奨された不動産で、私は幼稚園の年少から大学を出て生活力がつくまでの約20数年間暮らした。

引越し当初に父が庭の中央に植えた小さく貧弱だった桜の木は、2階の屋根ほどの高さの大木となり、春には見事な花が咲く。

半世紀近くになるのか、、、

売っちゃえばいいのかもしれない不動産は母にとっての「家」、子供にとっての「実家」だ。

今、この家は空き家となっているが、母がこの家を売りたいと言った事はない。

母は不動産を売却しなければならない経済状況にもない。

ついでに言えば、子供の中で売りたいという意見が出た事もない。

 

私には委任者の所有不動産の売買契約が認められているが、それは代理権の一部に過ぎず、任意後見の書類には

『後見事務を行うにあたっては、甲の意思を尊重し』

とある。

 

「売ればいいじゃないですか、お金になるのだから。」

監督人弁護士のお言葉を母に伝えてみた。

脳出血で倒れた母は会話ができる。

認知症の診断を受けた事はない。

「なぜ、そんな事を弁護士が言うの?」

母は戸惑っていた。

 

2017年に障害者虐待防止法が施行されたそうだ。

その中では勝手に障害者の財産を処分する事は経済的虐待であるとある。

 

すごいのだ。

後見制度を使うと、経済的虐待を弁護士に推奨される。

経済的虐待が合法化される。

 

もし、後見制度の基本理念が「自己決定権の尊重」であるとしたら、被後見人の不動産売却における後見監督人の仕事は、売却が本人の意思にそったものであるか、あるいは必然性があるのかに留意することで、本人の意思を確認もせず売却を勧めることではないのではないと思うのだけれど、これはキレイごと??

 

法定制度では自宅の売却のみ家裁の許可を得る必要がある。

任意後見では自宅の売却のみ後見監督人の許可を得る必要があるという雛形文となっている。

自宅以外の不動産は許可がいらないということのよう。

実際は家裁も施設など本人の生活の場が確保され士業が良しと判断したのであれば、自宅であれ不動産売却に関して詳しく追求する事はないのでは?

売却出来るのであれば被後見人の不動産を売却したい、してほしいと考える士業さん、いらっしゃるのでは?

後見人、後見監督人の士業さんにとって、資産はお金にする事が好ましいのでは?

 

被後見人の不動産を売却する→売却手続きに対して家裁から特別報酬が加算される。

現金化する事によって被後見人の流動資産(お金)が増える→後見人、後見監督人の基本報酬額が増える。

逆に維持や活用などのために現金資産が使われる→流動資産が減り後見人、後見監督人報酬が減ってしまう。

後見をビジネスととらえると、手間や経費をかけず多くの報酬を得れるよう、被後見人の資産は現金化して管理すべきだと思う。

空き家、空き地なら、お金にしてしまいたい。

後見する士業の本音ではないかな?

 

いつの間にか実家がなくなっていた。

遺言で相続される予定だった不動産が売却されていた。

士業後見人が被後見人の不動産を片っ端から売り飛ばした。

実際にあった話のようだ。

 

「売ればいいじゃないですか、お金になるのだから。」

任意後見においてさえ、本人も後見人も親族も望んでいない

不動産売却を推奨されるのだ。

成年後見制度利用促進という名目のもと、行政や業者により空き家対策の手段として成年後見制度が利用される事も増えそうな気がする。

こちらのお婆様、戸惑い落胆している。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/53004

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/53096

 

 

決して不動産を売ってはいけないと思っているわけではない。

本人の施設入所や生活費捻出のために自宅を売るという選択もある。

空き家問題の深刻な状況も実感している。

今後の人口減少に伴い、一部のエリアを除いた不動産価値は劇的に下がるだろう。

売れる時に売ってしまった方が良い。

所有者不明の不動産が増えないためにも、早いうちに権利移転、登記を行った方が良い。

家や土地が余っているのに高齢者や障がい者の生活の場が確保できない状況もある。

空き家、空き地を積極的に動かし活かすべきだと思う。

でもそれは、本人や家族の意向を排除して、後見制度を利用し士業が勧めることではないのではないかな?

不動産の生前贈与における税負担を減らし早期の資産継承を促し、登記を義務化する。

法定相続人全員の同意を得て、一時的後見などで土地を売却することを可能にするのもありなのではないか。

本人の意思や家族の同意を得て、不動産を動かし活かせるようにするための制度改正が必要のなではないかと思うのだけれど、、、

 

 

実家を出て、

家庭を持ち、

家を持ち、

家族にとっての家を思う。

様々な家の形があると思う。

我が家は35年という人生の多くの期間お金を払い続ける決心をし、広い世界の中でちっぽけな土地を選び、狭いながらもこだわりまくり家を建てた。

もし子供が受け継いでくれれば嬉しい。

こんな親からの思いで受け継いだ先祖からの不動産もあるだろう。

これからの世代は、家を買いローンを完済することが家長としての仕事であるような価値観は変わっていくのではないかと思うけれど、まだ現役のライフスタイルだと思う。

 

特に親世代にとって家は、家族の思い出の象徴のような気がする。

そして先祖から受け継いだ不動産は、先祖の歴史の象徴のような気がするのだ。

ただのお金になる箱や地面ではない。

売却には何かしらの事情や、それなりの決心が必要だ。

家庭によってはそれが争いの元となる事もあるかもしれないけれど、家族がいるのであれば、家の歴史や思い出に関わった者が未来を、行く末を決めるのが当然ではないのかな?

 

「売ればいいじゃないですか、お金になるのだから。」

借金取りでも、もう少し心ある言葉をかけるのではないだろうか。

自ら頼んだ覚えもない弁護士に、家族の思い出がある不動産売却を勧められる。

母は、我が家は、何か悪い事をしたのかな?

 

後見制度を使う事理弁識能力のない被後見人の意思を聞くことは出来ないというのが、I弁護士のお考えだ。

実際法的に事理弁識能力のない人間の意思は意思として認められない。

後見制度を使うという事は、事理弁識能力がないと認定されたことになる。

だから、被後見人の意思を尊重する必要はないのだ。

制度の常識、社会通念、はたまたご自身の都合も考慮なさると、売却しお金にするのが正しい選択なのだろう。

正しいから被後見人の意思など、尊重する必要はないのだろうか?

仮に私が任意後見人を辞め、監督人ご自身が後見人となられたら母の不動産を売ってしまうのだろうか?

 

被後見人となっても母には母の意思や思いがある。

正しい選択と本人の思いが同じとは限らない。

後見で一番大切にしなければならないのは、制度の常識、社会通念、ましてや士業の都合ではなく、本人の思いではないのかな?

 

その思いを知るために「本人に身近な親族」の話にしっかり耳を傾け、時には意向を確認する事も必要なのではないかな?

 

私は母の任意後見人として

母の思いと家族の意向を尊重したい。

母は不動産を売りたくないと言っている。

母の不動産には先祖の歴史と母の思いが詰まっている。

母は不動産を売却しなければならない経済状況にもない。

ついでに言えば、家族の中で売りたいという意見が出た事もない。

だから、母の不動産を

売ってはいけない。

 

後見人がつくことで、本人の資産が、生活が、活きてくる。それが制度の理想ではないかと思うのだけれど、、、

現実は理想を形にする程の余裕はないのだろう。

後見制度は本人の資産を現金化し、凍結し、士業に報酬を支払うための制度になってしまわないかな?

 

制度と士業が守りたいのは、

本人の意思なのかな?

それとも

本人のお金なのかな?

 

制度と士業の唱える正しさに、戸惑い置き去りにされている被後見人はいないかな?

行き場を失い、疲弊している家族はいないかな?