23日(水)の国土交通委員会で地域公共交通活性化法の一部改正案の質疑を終え、翌日の本会議で可決のあと参院へ送付。


 24日は年一回の健康診断。国会内の医務室でわずか30分で終わるような健診なので、私は毎年秋に、神戸で人間ドックを受診することにしています。夕方の業界団体のパーティー、「野田聖子さんのさらなる飛躍を期待する会」に顔を出したあと、19時30分発の新幹線で新大阪、尼崎へ。


 25日(金)の朝、冬柴国土交通大臣などと事故現場での黙祷、献花のあと、福知山線列車事故追悼慰霊式へ。冬柴国土交通大臣の「追悼のことば」、山崎JR西日本社長の「お詫びと追悼のことば」に続き遺族を代表して大前万喜さんが慰霊のことばを述べられました。


 息子を事故で亡くした大前さんの話は重いものでした。祭壇に向かって『今日はここに来ていますか。それとも千の風になって大空を飛んでいますか』と語りかけ、会場に座っている方に向き直し、『まだ3年。乗客は安全を買って運賃を払っている。何十年もかかって築き上げた家庭もほんの数秒で崩れる。そのことの重みをJR西はかみしめてほしい』と原稿なしに訴えるように話されました。感情を押し殺し、内に秘めた怒りを感ぜずにはいられませんでした。今なお悲しみは癒えず、さらに沈潜しているように思えます。死亡者107人、負傷者5百数十名のJR西脱線事故から3年。まだ3年なのです。


写真 国土交通委員会