17日(水)18日(木)は東京。各省庁の異動挨拶に加えて党の会議。復興加速化本部役員会(私は本部長代理、次期提言に向けての項目などの論議)や選挙制度調査会役員会(私は副会長、東京都知事選挙でのあまりに非常識なポスター掲示、政見放送などへの対応策を取り敢えず議論)。

 また、先日お別れの会に行かせていただいた御礼とのことで息子さんの五百籏頭薫(いおきべかおる)氏(歴史学者、政治学者、東大教授)が奥さまともども議員会館に来ていただく。丁寧な対応に恐縮する。私がいわば一方的に尊敬の念を抱いていただけなのに恐れ入りました。奥さまも厚生労働省の現職課長であることも初めて知りました。

 19日(金)20日(土)は党の仕事で出張。委員長をしている過疎対策特別委員会の用務で長野県出張。視察先の段取りなどは事務局長の務台俊介衆議院議員が行う。

 19日(金)の昼過ぎ、長野駅前のホテルで阿部守一知事、荻野健司長野市長ら関係する10人の市町村長、関係する県会議員、市議会議員の皆さんと意見交換。

 過疎債の枠の増加、中でもソフト事業分の増額は皆さんが要望。その他、移住・定住策の充実、新規就農者対策の強化、ふるさと納税制度の堅持、少子化・子ども施策の強化、過疎代行制度の充実、病院・上下水道等公営企業への支援強化、道路等のインフラ整備、除雪経費への支援等々要望は多岐に渡りました。

 私は可能な限り期待に応えていきたいが、過疎地域と同様の状況にある非過疎地域とのバランスも考えながら施策充実に汗をかいていきたいとお答えする。

 16時、山村留学を行っている旧大岡村(現長野市)の大岡ひじり学園を視察。青木学園長や里親農家からお話しを聞く。小・中児童・生徒は共同生活約200日、里親農家で約120日というパターンが中心。

 地域の皆さんの熱い支え、子どもへの思いやり、愛に心を動かされました。子ども達もTV、マンガ、スマホ、パソコンが禁止されている中、学校へは数キロ歩いて行く。共同生活では毎日40分の掃除と聞いてビックリしました。そうした育て方を貫いている学園に感謝しました。

 20日(土)は旧中条村(現長野市)の市立ジビエ加工センターをまず視察。熟成室、冷凍室などを備えた立派な施設です。長野市単独の捕獲補助金の手厚さに感心しました。ただここ数年、豚熱の影響でイノシシの加工処理はないとのこと。

 次に旧信州新町(現長野市)の「道の駅信州新町」で昼食。蕎麦が人気で車が一杯。何とか広くしたいがなかなか長野市は動いてくれないと駅長のポヤキ。合併した旧町村の立場も難しいものです。

 午後、飯綱(いいづな)町の廃校利用施設を視察。2つの小学校跡を住民の方々の話し合いにより、スポーツ・健康・コミュニティ・利便施設(コインランドリーなど)として賑やかに活用されています。ヨソ者の力(責任者は千葉からの移住者)、女性の力を見事に使われています。

 最後は、信濃町の野尻湖近くにあるワークセンター(ノマドワークセンター)へ。山村振興事業で整備した都市農村交流拠点を時代の変化に対応して新たにワークセンターとして活用するチャレンジ。より利用されることを期待しています。

【党過疎対策特別委員会長野視察】