さとやんですニコニコ


近所に次々とできる
「放課後等ディサービス」
発達障害と診断される子供が
急速に増えているのだろう
そこで楽しそうに遊ぶ
どこからどう見ても普通の
子供たち
「あの子達が障害?」という
素朴な引っ掛かり

お子さんが3人いる
お母さんがサラッと言った
「ウチ3人とも発達障害
やねん」
学校から病院に行って
くださいと何度と言われて…
「え?そこまで?」と
思いつつ、あまり言われる
から迎えに来た先生と
病院に行ったら
アッと言う間に病名ついて
流れるように薬出されて
手帳の手続きまで勧められて…


いやいやいやいや!
おかしいやろ、それ!?
本人も家族も平穏に
暮らしているのに
周りが無理やり枠に
はめ込もうとしてないか!?
本人や家族が「助けてくれ〜」
って泣きついて行ったのなら
わかる
周りが勝手に追い込んで
ラベル貼って薬飲ませて
手帳交付って、それって
本当にその子のための
支援なんかい!?


毎日ドロドロになって
サッカーボールを追いかけ
ているだけじゃないか!?
学校の枠に収まりきらない
元気と情熱があるだけじゃ
ないのか!?

少しはみ出た子や手のかかる
子を個性として抱える余裕は
ないのかい!?
制度やビジネス、学校の
管理のしやすさのために
ラベルを貼って処理しようと
してないか!?

教員の負担を減らし支援や
指導を行うために医学的な
診断が必要とされるのも
わかるさ


私も介護福祉士をしていて
高齢者だけではなく
精神の病気を抱えている
若い人たちの支援もさせて
もらっている

今は支援の手が届くように
なった範囲が広がったのは
良いことだと思う

どこから見ても普通だから
こそ、辛さを分かってもらえ
ないと言う人たちの苦しみも
毎日見ている

その孤立感と苦しみは
目に見える障害とまた違った
底知れぬ深さがある
その人にとっては自分を縛る
レッテルではなく
怠けているわけではないと
証明するためのパスポート
救いたいのはそういう
静かに苦しんでいる子

支援が必要な人がいるのは
事実。
でも頼んでもいないのに
分類される不気味さもある


明確な障害なのか?
成長に伴う未熟さなのか?
本当はまだ医師も手探り
なのかもしれない


「普通」の幅がどんどん
狭くなっていくなあ

私が1番気になることは
周りの大人にそう言われ
続けて子供自身が「自分は
そういう人間なんや」
「自分は〇〇やから
これが出来ひんねん」って
思い込んで自分で自分に
レッテルを貼って可能性に
鍵をかけてしまうことは
もったいないし悲しい

そのうち日本代表になるかも
しれないじゃないか
「今のうちにサインもろとい
た方がええで」とその子の
母が笑う
そのおおらかさに救われる


生きづらさを解消するための
仕組みが、かえって生きづら
さを生んでいるという
何とも、ややこしい世の中


私の頭の中にまた音楽が
流れだす

♪君たちったら
何でもかんでも分類区別
ジャンル分けしたがる
人はなぜか分類したがる
習性があるとかないとか〜♪
SEKAI  NO OWARI  「Habit」





自分で自分を分類するなよ