さとやんです
職場の重い扉を開けると
そこにはまだ夜に染まり
きらない空が広がっている
「今日も1日お疲れさま」と
言っているような空だけど
まだ「お疲れさま」ではない
今朝、帰って来たばかりの
娘の家に再び向かう
久しぶりに外でゆっくり
食事がしたいと言う娘夫婦の
ため孫の子守りを引き受けた
「たそがれ泣き」をする孫を
抱きながら「津軽海峡冬景色」を子守唄に歌ってみたが
よけいに泣く(笑)
「津軽海峡冬景色」は
ちょっと、ちゃうよなあ〜
今度は「南部蝉しぐれ」を
静かにゆっくり歌いながら
おしりをポンポンすると…
寝た!
そっ〜とベッドに下ろすが
背中スイッチが入ってまた泣く
10時30分「ただいま〜」
と弾んだ娘の声
ようやく解放されて外に出ると
我が家の前に立ちつくす人影
そこには小さな母がいた
「お母ちゃん!何してるん?」
「いや…明日のパンがないから
買っとこかな思て」
コンビニは反対方向だろうが…
今日の事は母に伝えていたが
電話に出れなかった私を
心配して見にきたのだ
みんな近所に住んでいるのに
心配する事はなかろうに…
「ほな、コンビニまで
一緒に行こか〜」
母は明日のパンを1つ買い
私に豚まんを買ってくれた
本当はパンなどいらなかった
のだろう
「あんた大丈夫か?
そんな無理して、あんたの
体の事だけが心配や」
「大丈夫やで、高市さんは
2時間くらいしか寝てない
らしいけど、私は5時間寝て
るし〜有り難いことに
何でか元気やねん!
明日はお母ちゃんの家で
ゴハン食べるわ」
「食べるか!?」と
嬉しそうに言いながら
いそいそと家に帰る母
親はいつまでたっても親
私が自立しても
私が親になっても
50,60になっても
たとえ白髪が増えようとも
無条件に案じてくれる親の
その変わらなさに救われる
母は私を心配し
私は娘を心配し
そしてその娘も母になり
「心配される側」から
「心配する側」となった
親からもらった愛情や心配を
次の世代に注いで繋ぐことを
「恩送り」と言うのだそう
温かくも切ない
この永遠に続く心配のループ
また親が元気でいてくれる事
で子の心も安定し
子の元気な姿を見る事で
親の心も安定し…
親を安心させるためにも
子を安心させるためにも
私もまだまだ元気に働いて
色んな事を楽しまなあかん
なあ

