しゃけ(元捨毛法師)の大学日記 -35ページ目

しゃけ(元捨毛法師)の大学日記

社会人一年目。

元marchのどこか
2021年3月卒業しました。

YES /NOはっきりしている判断を下せる人間はスイッチ型と言うらしいです。

 

反対に日本人に多いようなタイプをつまみ型といいます。

 

昨日の記事とは反対ですが、スイッチ型の思考は多くの場面でプラスに働くと思う。

 

つまみ型嗜好の1番の問題は、決断が難しくなるということ。

 

例えば、採用試験の時に、社員に英語力を求めるために、海外の大学出身以外を取らないとします。(もちろんこれは極端な例)

 

そうすると、学歴フィルターのように簡単に人の仕分けができるわけです。

もし、これをつまみ型の判断にしてしまうと、留学したことある人、TOEICのスコアが高い人、幼少期に海外にいた人、またそれぞれの程度を決めないといけません。

留学は英語圏だけ?期間は?

TOEICは何点?英検はだめ?みたいに。

 

もっと簡単な例を出せば、ダイエットをするときに、甘いものを控えようとします。

だけど、和菓子は意外に糖質が低かったりします。

 

じゃあどういうお菓子をどういう頻度で取るべきなのか考える必要が出てきます。

 

特に後者の例だとわかると思うんですが、つまみ型にすると甘えが出るんですよね。

 

自分のルールをしっかり守るということが難しくなると思います。

 

というわけで、なんか自分でやり切りたいときには、つまみ型よりもスイッチ型の方が有利に働くと感じます。

 

全ての場面でスイッチ型にする必要も、どんな時もこっちのほうがいいわけではないです。

 

ただ使い分けがうまくできるといいかもね、という話です。

 

 

みなさんNIKEのCMについてどう思いますか?

 

良くも悪くも話題を集めていますが、僕はなにか悪いものだとは思いません。

 

というか、差別が起きているなんて当たり前じゃ無いですかね。日本は日本人という単一の民族の割合が高いですが、だからって、というかだからこそ差別が起きやすいんでは無いかと思います。

 

そして、差別だけでなく同じ日本人へのいじめだって日常茶飯事だと思います。みなさんだって見たことがあるんじゃないですか?

 

別にいじめを肯定しているわけでは無いですよ。ただ、この現実から目を背けてはならないと感じるわけです。

 

そもそも、彼らはなぜNIKEのCMに反対しているのでしょうか。

 

1、日本人が差別をしているように見えるから?2、NIKEがウイグル人の強制労働に関わっている(とされている)から?3、日本企業でないのに、日本の文化というか問題に触れているから?

 

1であれば先程書いたような反論があります。

2は今回の一件とウイグルの問題は直結しないと思います。企業の一貫性としてはないですが、おおよそそういうもんだとも言えます。

つまり、今回のCMの主張は間違っていないが、だからといってウイグル人の問題がないわけではない。そして、ウイグルの一件に絡んでるから、今回のCMがおかしい、というのも誤りだと思うのです。

今回の一件は日本の問題であることに間違いはないのですし。

 

3はそんなこと関係あるか?というのが個人の感想。

 

日本の大きな支社があるのは間違い無いですし、所詮1企業の戯言と捉えることだってできるわけです。

 

それを盾に誹謗中傷していいわけがない。と思う。

 

他にはぱっと理由が思いつきませんでした。もうすこし考えてみます。

 

どのような理由で叩いてるにしろ、Twitterの反論だけ見ると笑ってしまうような意見が数多くみられます。

 

先の、ウイグルの問題だけでなく、NIKEはBLMも推進しているようです。

 

これについても一言いうと、BLMによって暴力や殺人が容認されているのだからNIKEはおかしいというのも誤りだと思います。

 

これも全く同じで、BLMによる殺人や暴力が問題なのであってBLM自体に問題はありますかね?

 

彼らは黒人が人種の面から差別され冷遇されてきたからこそ、黒人の生きる権利を主張しているわけです。

 

それを白人にも生きる権利があるだろって批判することは的外れに感じますね。

 

平等を求めているだけであってね。だからって力に訴えるのは、むしろBLMの立場を危うくする馬鹿な行為とも思えます。

 

この話をする中で、ある本でも言われていましたが、物事ははっきり白黒決まっているわけじゃ無いんですよね。

 

NIKEが、BLMが完全に正義か悪かなんて決められるわけがないです。人間が完璧に悪と正義にわかれていないように。

事態はもっと複雑なんです。

 

例を挙げると、ビルゲイツやマークザッカーバーグはすぐに大学を中退すると決めたわけじゃ無いそうです。

事業が失敗したら戻れるようにオプションを持っていました。結果として事業にリソースを割くために大学を中退する決断をしました。

 

このことからも、そして僕たちの経験の中からも完璧に一つの決定が確定していることなんて少ないと思うんです。

 

とりあえず今日書きたいことはここまで。

 

最後に、NIKEがあんな日本を貶めるCMを作ったのは経営層に中国や韓国人がいるからだ!って批判がありましたが、こういう意見がそもそも人種差別じゃ無いですか...?笑

 

CMでの加害者をまさに自分のことだと言わんばかりの批判で笑えてしまいました。

 

まあ、それにしてもあまりにも燻んだ目で物事を語らないように気をつけたいものです。

 

昨今のSNSで自分の求める情報ばかり集めてしまう効果のように、思想的なものは特に影響されてしまいますし。

(政治的な偏りは悪いとは言いませんが、過度な方向に向かってしまうぞと言っておきます。)

きっと自分が正しいと信じて疑わないんでしょうし、声は届かないでしょうが。

 

頭がいい人ならなおさら...難しいですね。

 

自分も常に意見の偏りがないか見つめ直しておきたいものです。

 

今卒論を進めています。1月の中旬に締め切りがあるので、それまでにしっかりいい内容のものを書きたいです。

 

今回、露骨に学部の卒論集で賞に選ばれることを狙っています。

そこで、どんな論文が過去に評価されたのだろうと見ると、意外な発見が。

 

入賞したものに限らず、参考文献に論文を用いている数と割合がやたらに少ないということ。

 

個人的なイメージとして、文学や法学ですと本を参考文献に挙げると思っていたのですが、分野関係なく論文を用いているものがすくないんですよね。

 

ちょっとそれってどうなんだろうと思ったりします。

 

特に、経済や経営学の論文を今までいくつか読んできた自分としては、同じ分野で本ばかりを用いて論文を書くことに対しては批判的です。

 

定義付けとしてはずれていますが、そのような文章はレポートのようなものではないかと思うんです。

 

というか先行研究を探す中で、論文を参照しないわけがないと思うんですよね。

 

調べてないんでしょうか。ネットで読める論文ですら、日本語の大量の論文がありますし、英語になればその数は何倍にもなります。

 

大変、めんどくさい、難しいですが僕は先人たちの研究をできるだけ知るためにも学士なりのしっかりした卒業論文を書こうと思います。

 

 

ついでに言えば、これも分野により違いはありますが、アンケート形式でそれをデータとして用いる定量調査ならば、学士論文でも数百から千のデータを集めるべきではないでしょうか。

 

私の学部には大学3、4年生という非常に限定した年齢で70程度のデータで論文を書いているものがありました。

 

データを取る際の条件付けもなされていないのに(例えば両親が離婚している、男子校出身など)、その数は少なすぎる。

 

あまりに杜撰な卒論が多くて辟易します。私の学部が情けないのなら、逆にむしろ救いです。

 

卒論をちゃんとやらないから全員劣等生ではないですが、逆に彼らは他になにか秀でた才能や努力の賜物があるのでしょうか。

 

私にはありませんから、学問を自分なりに修めるために、論文を執筆します。

 

事実、内容を書こうとした時に、定義付けを正確にするために、今までの知識を洗い直す工程もありますし、有意義なものとなると思っています。

 

学問が仕事で役に立つとかそういう話じゃないよなあと。その批判は的外れだと思う。

 

せめてまともにやってから、批判したいものです。

 

ちなみに数年間の論文集に目を通して、笑ってしまったのは、〇〇の是非を書くのに、主張を最終章とその直前1000文字程度しか記述していなかったことです。

 

その論文は否定的な意見を持っていましたが、〇〇についての説明が大半でちょこっと批判を書いて、〇〇へは慎重に対応しないといけないと締め括っていました。

 

間違ってもこういう論文にはならないようにしたいです。

 

こんなこと言ってしょうもない論文を書いていたらダサいですからね。

 

この前福岡に行きました。


ほんとにいい街だと思うんですけど、みなさん福岡といえばなにを連想されるでしょうか。


食だったり、ソフトバンクだったり色々あるとは思うんですけど、ベンチャーが盛んな街としても取り上げられてますよね。


それを肌に感じることはなかったんですが、そう聞くと福岡でベンチャー企業に勤める人のイメージを想像せざるを得ません。


福岡でベンチャーを立ち上げるとして、一番懸念されるのはtoC向けのサービスをどうスケールしていくのかなと。


もちろん福岡は大都市ですし人も多く集まってくるハブではあります。


しかし、絶対数ではやはり東京、大阪には及ばないでしょうし、購買層も違うのではないかと思いました。


具体的にいえば、ロジャースのイノベーター理論において、イノベーター、アーリーアダプターは東京などに集まりやすいのではないかと思うのです。


(イノベーター理論とは 

新商品をどのタイミングで取り入れるかをグラフにしたもの。上からイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードに分かれます。

イノベーターとアーリーアダプタの合計とラガードはそれぞれ1/6、アーリーとレイトマジョリティは1/3ずつとなっています。)


つまりプロダクトを伴うサービスであれば、やはり最初に試すのはイノベーターやアーリーアダプターだと思います。

そして彼らは極端に言えば、地方と都心どっちにいるか?

という話をすると後者ではないか、さらに都心の中でも東京でいい職や相当な資産を持つ人間が多いと考えています。

理由としては、そもそも新しい商品を試すにはそれなりの資産が必要だから。特に新しい商品は値段が高いものが多く、少しずつ購入され規模を増すことによって価格が落ち着いていきます。

今で言えば、宇宙旅行やスマートグラスといったものです。


福岡でどのようなベンチャーが盛んになっているかのジャンルまでは知りませんが、実態を伴わないビジネスでないと、福岡にいるということがマイナスに作用するケースがあるのではないかと考えました。

東京でサービスを展開していても、どこまで定着しているのか肌で感じることは難しいと思う。(例えばウーバーイーツはどれだけ使われていてどういう評判なのか)




もちろん、韓国中国台湾から距離も近いですし訪れやすそうではあるのですが、彼らはあくまで旅行客で移住して来やすいかというのは別問題だと思います。



また、福岡は九州や中国地方の最大都市でしょうし、そこでまずプロトタイプを作る、サービスを展開してみるというのは面白いですね。



ここまで書いておきながら、ウーバーイーツのような例を考えると、都内をちょっと歩けばある程度把握できる気もします。少し福岡に拠点を置いてることによるコストがかかるくらいの負担なのかもしれません。


最初に予想したより、マイナスの側面は大きくないかも。




なぜベンチャーが盛んなエリアができるかというと、いくつかのメリットがあります。


さて、自分の考えなくてはいけないこととして、このメリットを一つ忘れてしまったんですね。下に詳細を書きますが、それとは別の説明をどこかで読み、この考えはなかった!!!と思わされる内容でした。


自分の頭脳と記憶力を稼働して頑張って導き出したいと思います。


さてベンチャーが集まるメリット。


そこにいればベンチャーが色々あってそういう企業を見つけられるのと、企業も人材を見つけやすいというヒトの観点。


vcが投資する際、対面の方が企業の側面を色々みることができて投資に繋がりやすい。(事業計画はダメでも可能性を感じるなど)というカネの観点。


これ以外にもありますが、わかりやすいのはこの二つではないかと思う。



いつにも増して、誰得な記事ですが、参考になったりすることがあればいいなあ。と思いながらこの記事を締めます。



もし東京以外の日本に住むとしたら福岡いいなあと思っています。










ソラニンという映画を見た。

 

めっちゃ昔の映画で2006年くらいに上映されたものだと思う。主演は宮崎あおい

 

感想、身近な人間が死んで、二ヶ月くらいで立ち直れるのだろうか。

人生がうまくいってないと思ってる時も仕方なく生きていくしかない。そういう境遇を主人公たちは生きていて、そこにどことない悲しさ、虚しさを感じる。

やりたくないことをしている彼女と、大きな夢を持っている彼氏のギャップ。

彼女は彼氏にもっと大きな夢を実現させろというが、彼氏もそんな簡単じゃないと分かっている。

彼氏は彼女がやりたくもない仕事をしていることが楽しいのかと疑問を投げかけるが、みんなが大きな夢を持っているわけでもないし、生きていくには必要なことと割り切っている。

お互いに押し付け合われることに腹を立てている。

 

どこか虚しさを感じさせる映画だった。夢はあるけど、そんな甘くないし、どうやってこれから生きていくべきか葛藤する若者を描いている。

そしてなにより、彼氏が事故で死んでしまって彼女が喪失感を持ったまま日々を過ごしているシーンが切なかった。

とあるきっかけで彼女が立ち直るけど、自分だったら無理だろうな〜ってずっと考えながら見てた。

 

タイトルにあるように、ソラニンという曲はASIAN KUNG-FU GENERATION歌っているもので、宮崎あおいも主人公も一度は歌うシーンがあります。

正直宮崎あおいの方はいまいちかなと思うんですけど、それまでのシーン含めて見ると感動せざるをえない。

 

曲だけでもぜひ。

 

 

 

次。

1/100と1/10000理論って読んでる理論があるんだけど。

何かをするとき、10000人いたとして、行動するのは100人、行動した人の中で、それを続けるのは1人。

 

つまり、10000人に1人が行動をして、それを続けるということですね。

 

自分もそうでありたい。

 

あと集団にいて、そこで少し頑張れば上位2割くらいに入れるとは思うんだよね。

働き蜂の話のように働き者と普通と怠け者は1:2:1に落ち着くと。しかも働き者を他の組織に移すとみんながちゃんと働くわけではない。つまり、その比率は基本変わらないというのが面白い。

 

そのちょっと"上にいる"っていうことで満足はしたくないんだけど、自分はいつでもこの立ち位置くらいにいたとは思っていて、そこに多くの努力は要していないと感じる。

 

ただ、そこから上に行くのはかなり大変。1位はいっそうきつい戦いになるけど、トップに行くのって難しいよね。

 

最近読んだ本の著者も同じようなことを考えていて、それを徹底していました。

結局慶應に入ってリクルートに新卒で入るというエリートではあるものの、考え方は間違っていないよなあと。

 

その人は学校のトップ集団に常に所属するよう徹底していて、それなりに頑張れば、組織全体で見れば上位に属するという努力をしていました。

 

面白いなあ。

 

そういう生き方も大事だな。トップにみんなが立てるわけでもないしね。

 

ということで今日はここまで〜