しゃけ(元捨毛法師)の大学日記 -31ページ目

しゃけ(元捨毛法師)の大学日記

社会人一年目。

元marchのどこか
2021年3月卒業しました。

約束通り書きまする。

 

そんなに長くないので、ゼミ決定のときまで遡ることにしよう。

 

2年12月

ゼミ試で経済系の一つと経営系のゼミ(今のゼミで悩む)

倍率が1倍を超えた中で、自分が落ちるとは全く思わなかったけど、友達が2名落ちる。

 

特にこのうちの一人と仲良かったのでこれは後々響いてきたと感じます。

 

3年4月〜7月

ゼミ始まる。

オリエンテーションの段階で周りのモチベの低さに気づく。

簡単なビジネスコンテストみたいなものに出るが、四人グループで意見が全く出ずにゼミでのプレゼンを迎える。

授業中などに頭をフル回転させ、アイデア創出→パワポ→プレゼンまで一人でやり切る。

 

メンバーにモチベートできないのは自分の責任ですが、まったくやる気ないやつに働きかける必要もないと思った時。

小学校じゃないので。

プレゼンを一人でやったのは初めてで、他の人たちに「なんでこいつしか喋らねえんだ」みたいな視線もありつつ、割と評価はしてもらったと思う。

同時に、プレゼンの後の段階で手詰まりしたことも事実で、これは僕の管理能力と逆算して動けない弱さだったと思う。

それは非常に反省している。

この頃から、大学院はよく考えていたと思う。

 

3年9月〜10月

ゼミを辞める決断をする。

東大で授業をいくつか聴講しにいく。

 

これが転機だったと思います。

ある一コマを遊びにしたいという提案が可決され、「あーもう無理だな」と思って先生に相談しました。

たまたまゼミとある東大の授業がかぶっていて、それをゼミの出席代わりにしていました。

 

3年11月〜4年7月

授業受けつつ、自分で本読んで学習する期間。

就職はほぼ4年になってから始めたような感じで、そこからはあまり経営学の勉強はしていなかったような。

 

4年8月〜9月

就活終わって卒論のテーマ決め

ここでもあまり卒論に対しては真剣に取り組んでいませんでした。

ただ、対象の効果(例えばポーターのファイブフォース)を統計使ってやりたいという概要は決めていた。

 

10月〜11月

細かく論文の内容を決め、データと先行研究漁り。

この時は経営学の本も、卒論に関係ないものを読んでいました笑

卒論というよりは経営学自体にかける時間は秋頃に結構増えていたと思います。

 

12月

卒論をトッププライオリティにして進める。

3週目にようやくデータ分析は完成し、必要なものはあらかた揃える。

ちなみに締め切りは、1月中旬だけど、本文執筆開始したのは12月20日頃でしょうか。

今考えても遅いと思うんだが。。。

 

序盤は文字数増やすことだけを考えて、無駄な言葉を多く入れてました笑

ほんとに君は耐えることが苦手だなあ。

序盤は1日1000〜1500字ペースでした。

 

年末も特にやることないし、論文を基本的に進めていました。

年跨ぐときには、8000〜10000字を書いていたんじゃないでしょうか。

 

1月

5日くらいにはドラフトを完成させていました。

その訂正をして、9日くらいには1度完成したものを先生に確認してもらってました。

 

しかし10日あたりにすごーい色々ある。

そちらにかなり精神的に、肉体的に満身創痍になる。

この頃の就寝時間は3時。

 

なんとかサブで論文の細かいところを整理しながら、締め切り9時間前に提出完了。

15000字くらいになったと思う。

 

付録もつけて、グラフもモノクロ用に調整して、ディテールをいじってました。

まさかここまで追い込まれるとは思わなかったけどなあ。

 

まあもっと前もってやっておこうねという。

何があるか分からないわけだし。

 

というわけで、自分の卒論スケジュールをざっくり書きました。

役に立つことは少ないと思いますが、少しでもあればありがたいです。

 

先生と先輩に今度お祝いしていただけるということで、楽しみで仕方ないです。

感謝してもしきれない。

 

あと、副賞のお金もありがたく使わせてもらいます。なににしようかな〜

先月に提出していた論文が学部の方で選出されました。

 

最優秀賞、優秀賞みたいに二つあるんですけど、そのうちの優秀賞ではありますがめでたく選ばれました。

 

まあ色んなゴタゴタがありつつも自分の納得のいく論文を出せて良かったです。

 

そして、それを評価されたことがもっと嬉しい。

 

もちろん一番上が取れなくて悔しかったんですが、うちの学部と自分の研究テーマの関係上ディスアドバンテージが働いているんですよね(先生曰く)

 

であるなら、まずはその状況でもいちおう結果を出せたことに自信を持ちたい。

 

そして、ゼミを結果的に行かなくなった状況でも丁寧に指導し、様々な機会を提供してくれた先生に感謝しかない。

 

あまりに周りと合わなくてゼミをはなれることになったことを先生に謝罪されたが、それは学生側の意識の問題だし、どちらにせよ合わなかったと思う笑

 

それは僕がこの大学を選んだ時点である程度決まっていたんじゃなかろうか。

(逆にどんなに真面目なメンバーでもそもそも合宿とかまるで行く気しなかったし)

 

そんな時、日本一の大学に潜りたいという願いを快く受け入れてくれ、終いには単位まで全てくれるという笑

 

自分にとって全て願っている方向に進んで行ったのは、本当に幸運なことだと思いながら生きていました。

 

自分で勉強を進めるだけでなく、自ら行動するきっかけになったことで、自分も成長できたと思っている。

 

というわけで、自分は「社会に出たら役に立たない学問」をそれなりに修めた中でも、色んな経験ができたと思っています。

 

この経験は必ず糧になると信じているし、努力を他者から認められたことも大きな一歩だと思う。

 

まあ僕が言いたいのは、「どんなことでもやれば成長できるよ」ってことです。

 

バイトもインターンも留学も勉強も。サークル活動の運営やサークルでやった運動やら競技を極める中で得られるものが絶対にある。

 

そこに優劣はないと信じたい。少なくとも熱量を持ってやれば。

 

と、ここで記事を締めたいんだが、論文のスケジュールやら色んな話を書いてなかったな〜と思うので、次回にそれは書こう

 

という約束をして今度こそ終わり。

 

読んでくれてありがとうございました。

 

 

 

 

あんま悪口書きたくないんだけども、二つだけ。

一つ目。

不動産屋に連絡したら、メールで
しゃけ様(本名)〜
さけ様、連絡いただきありがとうございます〜
サーモン様の〜、サーモン様は〜

みたいに違う名前で2回間違えられました。

一度間違えたまま書かれるのは良くあるし慣れてるんだけども、一つのメールで2回も名前変わるなんてあり得るかね。

一度間違えるだけでも、十分社会人として問題があると思うんだけど、まあ誰しもミスはある。

だけど、2回間違えるのは失礼とかじゃなくて、単純に知能に問題があるんじゃないかなあって思ってしまいました。

そういう人間が優秀な社会人であるとはまるで思えないんだけどもね。

気分も不快だし連絡する気にならない。(明日連絡するけど)


二つ目。

陰謀論大好きマンっているじゃん。

ああいう話を見るのは辟易するんだけども、昨日の大地震が人工地震だとか言ってる人間がいて笑った。

彼ら自身が過去地下7500m地点で人工地震を起こしたって言う話してるのに、今回の震源60キロですからね。

まるでエビデンスになってないと思うんだが。

このように反論されると、技術は秘密にしておきたいんですよねって返信するんだよな。

じゃあなんで貴方様は知ってるんだって話になるし、妄想の域を超えない。

この手の陰謀論を信じるのは頭が良すぎるか悪すぎるかの二極化じゃないかと思うんだな。

こういうツイートを見てるとほんとアホらしいと思いつつ、欠陥を見つけるために時間使うのももったいないし、見ない方がよかったって結論に至るんだな。

ただ彼らの中のツイートで、絶対にありえないことはないと言っていてそれだけは真理だなと。

だからってなんでも好きに信じていいわけではないが。

特にそういうのを盲信する側は、何も考えてないと思うので伝播する側よりもやばい立場だなと思う。


自分も気をつけよっと


追記


逆に今日あったいいこと。

インドカレー屋さんに行って、なぜかスープサービスしてくれました。

たぶん人があまり来ない中でわざわざ来てくれてありがとうってことなのだろうけど、味もおいしいし今後も通いたいなあ。


できる範囲でこう言うお店にもお金を落としていきたい。

贖罪っていい言葉というか語感じゃないですか?

 

前もタイトルにした気がする。意味も好き。

 

さて、最近また本を読み漁っているんですが、この癖は大学生からはじまったんですよね。

 

例えば最近では、少年文庫から出ているミヒャエルエンデ著のモモという作品を読みました。

 

これはなんとも現代を風刺している作品でいいですね。

 

幽霊(みたいなもの)が、時間を貯蓄するように人間に勧めます。

それを聞いてみんなできるだけ時間を効率よく使おうとします。

 

そうすると、それに集中し過ぎてイライラしやすくなったり、周りの人へ思いやる時間を無駄だと感じたりするようになります。

 

そうして、みんな心の豊かさみたいなものを失ってしまうんですが、これを主人公が解決する、みたいな話です。

 

現代の資本主義を反映しているようで、面白くも胸が痛いような作品でした。

 

ちょうどいいバランスっていうのが大事だよね。

 

資本主義をやめて完全にそういうものから解放された生活が望ましいとも思えない。

 

逆に時間を貯蓄しようとしすぎることも望ましいと思えない。

 

時にそういう時間も必要だとは思うけど、それだけで一生をまっとうしないようにしたいよね。

 

良かったらみなさん読んでみてね。

 

ちなみに、タイトルの贖罪の意図は、こういう子供向け文学を読んでいる人は多いのに、僕は今になって読んでいる。

 

そういう経験が多いような気がしたので、今の時間は過去してこなかったことを取り戻すための贖罪だと思いました。

 

まあこの償いが辛い時間ではないんだけどね。それは良かった。

 

あとは、映画やらエヴァやらをみたいです。エヴァはすげえ評価されているし、それだけ面白いのかなと気になるところ。

 

というわけで今日はこの辺で。

 

 

こんにちは。

 

4月の生活に向けて物件探しをしています。正直配属やらが決まるの遅いし、そこまで急いでないんだけど、かといってゆったりすぎるのもなーと思って徐々に探しています。

 

それにしても、不動産屋の営業マンの良し悪しであったり、単純に物件の良し悪しを見極めるために色々動いています。

 

とはいえ、そのために都内にその都度いくのめんどくさいですね。

 

あと、新社会人ごときだからか、内見で移動するときにタクシーあんまり使ってくれないんですかね。

 

それは時代のせいか、思い違いかはたまた別の理由か。

 

まあそれは良いとして、決めたら物件の概要をお伝えします。

 

このブログを読んでくれている人でどこが勤務地になるか(どこで働くか)おおよそ見当がついている人はどれくらいいるのだろうか?

 

具体名を出すことはないと思うけど、察してくださいませ。

 

さて、次の話ですが、料理をここ一年定期的に作っています。

 

親の手料理と、美味しいものを食べさせてもらったせいか、僕は料理に大してめんどくせえ奴なんですが、そのめんどくさい基準を越えるために自分で作るようになりました。

 

 

これはナポリタンですが、別にとりわけ好きでもないのになぜか1番美味しく作れてしまう料理です。

 

パスタならペペロンチーノの方が好きなのになあ。

 

たまたま見つけたレシピの通りに作ったら、めちゃくちゃ上手くてびっくり。

 

これからもいろんな料理に挑戦したいね。

 

 

というわけで、報告することもそんなないので、今日はこの辺で。

 

またね〜