女性のための
広島ネイチャーナビfukuです。
(屋号:ネイチャーガイド&アートひょんのき)
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山、野、川、海辺、を案内しています。
ご縁を大切に、
学び笑いある「横あるき」を実践中。
※現在 広島横あるき
2015 より217回実施継続中。
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今回の横あるきは
広島城跡の本丸、二の丸とその周辺の緑地と、歴史、城郭をゆったり巡るコース。
8時30分に本丸への門は開き、
9時に城郭(復元)に入場券を求めて入れます。
御濠の水波もなく、8時台は青空もありました。
↑本丸と二の丸の現在の平面図
歴史上の注目点としては、護国神社のトイレの東(右手)の矢印の場所は
「中国軍管区司令部の防空作戦室の跡」。ここから原子爆弾投下のあったことを第一報として軍用の電話で伝えたのです。爆心地から700m台の距離。

↑二の丸側表御門から
(平成3年復元)
↓地形図では、広島といえば、
初詣の参拝者の多い「広島護国神社」も本丸の南西にありますね。
北に位置する、広島市立基町高校のミラーガラスに
広島城郭が映っているのが分かるでようか?↓
初代城主は毛利輝元。1591~1600年
城の内側にまた堀があり、その修復を勝手にしてはならなかった。。
洪水の修築許可不備で、
(何でも御上の許可要?うーん嫌がらせかな?)
咎められ二カ国を没収された二代目の福島正則。1600~1624年
変わって入った、3代目は和歌山からの浅野長晃。14代目まで約250年間、浅野氏が城主。1619~1869年 (藩籍奉還)
城郭を下から見上げ
39m(石組み下から屋根上まで)
入城すると5階層(展望室)まであがれます。
10月1日まで「近代の広島城」企画展中。
明治期~原爆での倒壊、その後の復元(昭和33年)復興祭などの貴重な映像や写真の展示があります。
お城の横に、復元時の城の礎石をそっくりそのまま、配置した平地があります。
この石の配置のとおり、復元したと看板に記されています。
↓日清戦争時の広島大本営跡
隣に明治天皇在居の建物跡があります。
広島周辺の発展が急速だったこと、軍都として知られたことなどが
原爆投下の理由となった可能性もあるのかもしれません。
被爆樹木は、下の
「まるばやなぎ」
「ユーカリ」
が、本丸と二の丸をつなぐ通路にあります。かなりの大木で支柱していますね。
写真にはないのですが、
他に
「クロガネモチ」もあります。

被爆樹ではないのですが、この本丸内に、梅以外の果樹が一本だけあります。(甘くて今からシーズン)
地域の学校がその実を絵描いた説明看板を木にくくってくれていました。実はならないようですが、なぜここにあるのかはわからないですが。もし気になる方は探してみてください。
二の丸は平成7年の復元。
無料公開中。
時を知らせていた太鼓櫓の太鼓、鯱瓦、復元するための模型、展示、クイズパネルなど楽しめますよ。
時を知らせる太鼓。
太鼓の音が小さかった、時を間違えてなど注意を受けたことも。
と説明がある。
3の丸の敷地は現在、隣に建設工事中の広島スタジアムの
工事車輌・資材の搬入に使用されているみたいですね。
(展望室から南と西)
こちらは↓北と東の方向。
洋風の池も本丸に作られていました。
鯉城と別名がある広島城、御濠にも、ここにもかなり大きな鯉がいます。
野球の球団名も、ちなんで、カープとなりました。
お城の西堀には、大木となった松が多く、
野生的にのびのびとし、まるで森のようです。
自然感のあふれる広島城は影も多く街中にしては空気がいいようにおもえます。
お昼12時には約2.5㎞完歩し終え、「近場ながら知らなかったことをたくさん見聞きできおもしろかったです」とご感想いただきました。
ありがとうございました。
終わってすぐに強風強雨となったのも、とても運が良かったです。
※次は、広島城の敷地の傍、
名勝縮景園の付近のご案内予定です。













