「どんだけ用意いいんだよ…」
二つ並んだ白のタキシード。
サイズも同じようなやつで、智と俺の分だと見て明らかだ。
「レンタルだって。ほら、靴まで…おいらもビックリしちゃった。」
「結婚式を…挙げさせてくれんのね?」
「んふふ、せいかーい!」
なるほど、教会やら神社なんて縁もゆかりも無い所よりよっぽどいいよ。
ただでさえ男同士だ、そもそもンなもん考えたこともなかった。
しかも…智達と合同だなんて。
こんな最高なこと、ない。
「あんのやろ…俺が断ったらどうするつもりだったんだよ。」
思わず漏れる笑みは決して悪い意味ではないが、俺の返事が「yes」以外考えられないと思われていたのかと思うと無性に恥ずかしい。
こんな自分を理解してくれているというのは、非常にこそばゆいしいたたまれない。
が、それ以上に感じるのは『幸せ』だ。
「ね、どっちがいい?サイズもおいらとぴったり一緒なんだって。」
違いなんてあんまわかんねーし。
何だっていいよ、お前がいて相葉ちゃんと風間がいるんなら。
…の一言が出たら、俺はもう少し可愛らしくなれるんだろうか。
コイツみたいに。
「ったく、成長しろよ、9年もあったんだから。」
「9年って言ったって、人生全体から見たらニノとおいらの成長した年月は1年しか変わらないんだよ?わかってる?」
…そっか。忘れてた。
「智に間違いを指摘されるなんて…クツジョク。」
「ふっふっふ。おいらも成長してるんだよ。何てったって9年もあったからね。」
ドヤ顔が無性にイラッとして、ケツをわしづかみにしてやったら「ギャッ」と飛び上がった。
着替えも終わり、髪の毛もお互いに簡単にセットして、靴も新品のものを履き…
屋上へと繋がる非常階段へ行くと、そこには真っ赤なカーペット。
「ふふ、どんだけこだわっ…て……」
その脇にいたのは…
「じい…ちゃ……」
黒い礼服を身にまとった、智のじいちゃん。
「似合っとるの。智。…和也。」
あの時より少し皺の数が増えた顔で、くしゃりと笑う。
「…何で、俺の名前…」
「全部ね。話したの。おいらたちの間に起きたこと。それでこの計画を話したら…バージンロード一緒に歩こうって言ってくれて。」
そんなバカみたいな話を
信じてくれたってこと?
その上で
俺を孫みたいに扱ってくれるってこと…?
「数か月でも…お前の成長を見てきたし、お前の作った飯を食ってたんだ。それを黙って急に…礼くらい言わせんか!」
「じいちゃん…俺…俺……」
「ほら、男が泣くな!可愛い孫の晴れ姿をわしに見せんか。」
じいちゃんこそ、涙目のくせに。
何かっこつけてんだよ。
髪の毛ねぇくせに。
だけど、何も変わってない。
ぶっきらぼうな言い方も。
陽に焼けた肌も。
智に少しだけ似た、優しい笑顔も……。
じいちゃんを挟むようにして、2人で腕を組む。
肉親も親戚もいない天涯孤独だった俺にとっては、夢の夢のそのまた夢みたいなこと。
トン。
階段に足を乗せる。
人生を表すレッドカーペットの上を、智とじいちゃんと歩けるなんて…。
そしてその先に、相葉ちゃんがいるなんて……。
涙を必死で堪える。
バージンロードは新婦の人生を表現しているらしい。
親と歩くのは、生まれてからその日まで育ててもらったことを一歩一歩思い出すためだ。
じいちゃんは俺のことなんて認識すらしていなかった。
だけど、この世に今、じいちゃんと智以上の適任者はいない。
そんな風に思ってしまうくらい、あの時期は2人の存在に支えられて生きていた。
擬似家族は、今日、本物の家族になる。
そして…
新しい家族を。
俺は、手に入れる。
一生変わらないと誓う想いを。
「ねぇニノ。」
智がまっすぐ前を見て言う。
「やっぱり、変わったよ。」
「え?」
1歩。
「ニノの言う通り、全部、変わったよ。」
また、1歩。
ゆっくり、ゆっくり…上っていく。
人生のように。
…ああ、色々あったなぁ。
決して穏やかで楽しい事ばかりではなかったけれど。
「全部…って?」
智は、クスっと笑う。
「心が変われば、態度が変わる」
…ああ、そうだ。
俺らはまず心が変わった。
正確には、中身だけど。
そして…それぞれ、学校と櫻井さん家で。
俺らの態度はガラリと変わった。
「態度が変われば、行動が変わる」
数学教師に、どういう話をしたのか詳細は分からないけど。
きっかけは俺だったけど、智は自らの意思で『5位以内』という条件を飲んだ。
俺も、智に勉強を教えるべく必死で予習したしノートを作った。
櫻井さんや相葉ちゃん、風間を巻き込んで、必死に苦手な勉強に打ち込んだ。
「行動が変われば、習慣が変わる」
人の為に何かをする、というのはそれまでしてこなかったけど。
自然に他人を思いやれるようになった。
『触らぬ神に祟りなし』といつも殻を閉ざして見て見ぬふりをしてたけど、周りの人を見るようになった。
智も…下を向かなくなった。
相葉ちゃんや風間といることを、『申し訳ない』と思わなくなった。
「習慣が変われば、人格が変わる」
笑えるくらい自分は泣き虫になって。
そして、人を信じるようになった。
『どうせいつか去ってしまう』
『きっと俺の事なんて忘れてる』
いくらそう言い聞かせても、貪欲に相葉ちゃんを求めるようになった。
そして智も…2人を『親友』だと呼べるまでになった。
櫻井さんに『自分が存在することを伝えてみたい』と思える程に希望を抱くようになった。
「人格が変われば、運命が変わる」
交わらないはずの2つの世界が交差した。
それは智が一歩踏み出したおかげ。
俺らを翻弄した入れ替わりは、どこまでが運命だったんだろう。
そんなの分かんないけど、俺らはその残酷な世界の真相についてようやく知ることが出来た。
だから…動き出した。
それぞれ、大切な人との未来のために。
「運命が変われば…」
そうだよ、智。
運命は変えられる。
いや、変えられた。
時間はかかったけどさ。
そうしたら、当然。
「「人生が変わる。」」
ふっと2人で笑う。
ハモる声はどこか似ていて、気持ちが良かった。