「ただいま~!」
「おかえりなさい!」
大野さんがニッコリ出迎えてくれるとくたくたな気持ちがふわっと軽くなるのは、多分この優しい雰囲気のなせる技だろう。
これだけで幾分、いやかなり疲れが和らぐのだから不思議だ。
「あいつらは?もう寝ました?」
「はい、ついさっき!」
そっか…
20時半だからもしかしたら、と思ったんだけど。
「上預かります」
上?
…と思ったけど、大野さんの掌が2つ間隔開けて並ぶのを見てハッとする。
ジャケットか!
え、玄関で預かってくれんの?
もうなんつーかすげー奥さんじゃん!!!
「だ、大丈夫ですよ!自分でやります。ありがとうございます。」
「そうですか?」
ただでさえ甘えっぱなしなのに更に甘える訳にはいかない!
危なかった、嬉しさの余り渡してしまうところだった!!
あ、そうだ、甘いと言えば…
右手に持った白い箱を少し上げて大野さんの視界に映るようにする。
「…甘いもん、好きですか?」
「え?」
「ケーキ買ってきたんです。…こんな時間に買うのもどうかと思ったし好きかどうかもわからなかったんですけど…ギリギリ間に合ったから。ネットで有名なケーキ屋探して、ラスト1個ギリギリ買えて…」
「わあ、うれしー!ここ大好きなんですっ、タイミング合わないとなかなか買えないとこで…やったー!♡」
ぎゅっ!
……と抱きつかれ、動揺しすぎて
ボトッ
「「あっ……」」
慌てて中を確認するも
ケーキ、ぐしゃぐしゃ。
「ご、ごめんなさい、おいら急に…っ!」
「いや、俺が落としたんですから大野さん悪くないですよ!!すみません手が滑ってしまって…!」
あーーーー!
何やってんだ俺は?!
ハグされた位で…童貞か!
童貞だよっ!!!!!!!!!
悪かったな!!!!!!!←謎の一人キレ
「はぁ~また明日買ってきますね。こんなんバレたらアイツらにまた叱られるわ…」
折角大野さんが大好きなケーキ屋で(たまたまだけど)買えたのになぁ…。
どっと疲れが出てへなへなと座り込むと、大野さんも同じようにしゃがむ。
顔が、近い。
その不意な距離に胸がドキドキと高鳴る。
「その必要は無いですよ?」
「…へ?」
大野さんは悪戯っぽく、人差し指を唇に当てて笑った。
翌朝。
「「「わぁ~~~っ!!」」」
3人の大きな声で目が覚めた。
だけど部屋からは出ず、寝たフリを続ける。
すぐに寝室の扉がガチャッと開く。
「しょーちゃんっ」
「なんだよ?」
ニヤニヤしてしまわないよう、片手で口を覆う。
「ケーキ!まあるいケーキがあったの!!!」
雅紀が鼻息荒く俺を揺さぶる。
「智がゆってた!しょうくんが、ケーキ、作ってくれたのっ?!」
ガクガクと視界が揺れる中潤のキラキラした目がまぶしい。
「ふふ、そうだよ。大野さんと一緒に、昨日の夜な。」
「すごーいっ!ありがとぉ!しょーちゃんやればできる子!のーあるたかはつめをのます!」
「しょうくん、で…できればやる子!のー…のます!」
雅紀と潤が一生懸命俺の頭を撫でる。
いやいや、俺29。
つーか潤、逆な?
出来ればやる子って何だよ。
出来ることしかやんねーみたいじゃねーか。
そんで雅紀、能ある鷹は爪を『隠す』な?
飲ますのは爪の垢な?
爪飲ますってどんだけ危ねーんだよ1発で喉刺さって死ぬわ。
潤は最後、脳を飲ましてっから。
グロイわ。
「くふふっ、翔ちゃん大好きっ♡」
「だいすき!…あ、まちがえた。だいすきじゃなくて、まぁまぁすき!こんくらい!」
潤…
両腕いっぱい広げてるのは、むしろ『だいすき』なんじゃねぇの…?
「ねーはやく起きて!たべよ!」
「はいはい(笑)」
潤と雅紀に引っ張られ、キッチンに一度顔を出す。
「おはようございます。」
そこには大野さんと、皿を並べる和。
テーブルには昨日頑張った勲章の、ドーム型のケーキ。
「おはようございます!んふふ、皆大興奮です。」
「よかった。流石大野さんです。」
「おいらは何もですよ~。お顔洗ってきてください、朝だけど皆で食べましょう!」
「はい!」
「ちょーとっきゅーで、ね!!わかったしょーちゃん!」
「とーちょっきゅー!だよ!!」
雅紀と潤に急かされ、笑いながら洗面所へ向かう。
まさかこんな喜んでくれるとはなぁ。
朝からケーキって…と思ってたけど、子ども達にとっては特別に感じるらしい。
パシャッと冷たい水を顔にあてる。
うん、こんな気持ちのいい朝があるならまた買ってきても…
「翔ちゃん。」
ビクゥッ!!!!
「と、突然鏡に現れんな!!」
鏡に映って俺の背後に佇んでいるのは言わずもがな和だ。
子ども用の小さな椅子の上に立っているらしい。
「あのケーキ…ほんとに作ったの?」
ぎくっ……。
「あ、当たり前だろ。昨日の夜俺が丹精込めて作ったんだよ。」
「ふぅ~ん…そんなことできたんだぁ。しらなかったなぁ。」
う、嘘はついてないぞ?
俺一生懸命作ったから!…仕上げを!
「昨日の夜俺が帰った後、大野さんに手伝ってもらって作ったの!アイディアは大野さんだけど俺だって手伝ったから!」
そっかぁ、と和。
よし…納得してくれたか?
「ボク、てっきり翔ちゃんがケーキをテミヤゲに買ってきたのにクダラナイことでおとしちゃって、ぐちゃぐちゃになったから智が『ひとまとめにして生クリーム上からぬればだいじょうぶ!』とか言ったのかとおもいまして…」
ぎくぎくぎくーーーーっ!!
な、何故そんなバレてる!??
『ぎゅっとかためといてもらえますか?』
『え…?』
『おいら生クリームと飾り付けのお菓子買ってくるんで!』
『えっ、いや、買うなら俺が』
『大丈夫ですよ!下にコンビニあるし!櫻井さん疲れてるんだから、お家にいてください!』
『あっ…ありがとうございます…!』
お言葉に甘えた昨夜。
……和、起きてた?
いやいや、寝てたはず。
確認したもん、子ども達の寝息!
そんな中2人っきりで生クリームぬりつける作業は…なかなか…
指についたクリーム舐めて美味しーってとろける大野さんとか、
悪戯っぽく『皆には内緒で、こういうケーキってことにしちゃいましょー』って笑う大野さんとか…
その、ドキッとさせられることは、多々あったわけだが…
(毎晩オカズ にしてヌ いてっからかな、勝手にドキドキしてしまう)
「そんなわけないよね?翔ちゃんがつくってくれたんだよね?」
「あ、あ、当たり前じゃないかーHAHAHA…」
いや、いいんだよ?
正直に言っても。
けどさ、そしたらあのキラキラした2人の目を…
軽蔑のものに変えてしまうではないか!!
そんなことは断じて避けたい。断じて。
折角向けられた笑顔と『だいすき』を失う訳にはいかないんだーっ!!
「じゃ、らいげつ楽しみにしてるからね。」
「え?」
「忘れたわけないよねぇ?ボクと潤のおたんじょーび。」
はっ………
え、誕生日……?
7月か!!!
忘れてた!!!!←
「てづくりケーキだったらその分プレゼント高くなるでしょ?潤にはオジュケン戦隊嵐の変身キットね。ボクにはswitchでいいから。それか現金。」
げっ…
現金とかどこで覚えた貴様!!
しかもswitchとかたっけぇな?!
「お前な、流石に5歳でそんな…」
「あ、この紙ゲンカンにおちてたけど、翔ちゃんの?」
和に差し出された紙は…
ケーキ屋のレシート………。
「ジュンスイなニンゲンのソンケーを壊しちゃうわけにはいかないもんね!シンライってお金じゃ買えないもんね?じゃ、楽しみにしてるね!」
和がきゅるんっ♡と小首を傾げて俺のなで肩を2度叩く。
鏡で見ると、その角度は悲しいかないつもより下がって見える。
くっ……
多分俺似なんだけど、小賢しいあの血が憎い……。