「おっきろー!」
「ぐえ!」
雅紀が俺の腹に飛び乗って起きる平日金曜日の朝はなんとまぁ清々しいものだろうか。(嫌味)
「翔ちゃん、ちこくしますよ?」
声の主を見ると、小さな和と潤は既に着替えが終わって手を繋いでいる。
「あれ、え?わり、俺寝坊…弁当…っ」
「なに言ってんの、さとちゃんいるよっ!」
さと…あぁ、大野さん…忘れてた。
昨日はあのまま色々荷物持って家に来て…
精神的に疲れて、俺、風呂入ったすぐ後そのまま寝ちゃったんだ…。
大野さんの部屋用に6畳の物置を案内したけど、寝れたのだろうか。
布団が無いから寝袋だったし…明日の休日に色々買わねーと…。
「そうだよ。おきがえもしてくれたし、おべんとも作ってくれたよ?」
潤が何故かドヤ顔をしている。
自分の目は正しかったろうと言わんばかりに。
そうか、それでこんないい匂いが…
起き上がり3人に急かされるようにキッチンへ向かうと、ジャーと水音が聞こえる。
「あ…おはよう…ございます。」
「あ!おはようございます櫻井さん。お弁当ここ置いときますね。要らなければ置いといてください、おいら食べるので。」
テーブルの上に置かれているのはカラフルなスカーフに包まれた弁当。
…が、4つ。
そして朝食の準備も完璧だ。
和食でめちゃくちゃ美味そう。
思わず唾が出る。
昨日帰りにスーパー寄ったけど、慣れてるんだろう、迷うことなく材料をカゴに入れていた。
「えっと…」
「あ、それね、皆がそれぞれ自分で選んで巻いてくれたんですよ。緑が雅紀くん、黄色が和くん、ラベンダー色が潤くん…赤も青も選ばなくてビックリしました、最近の子達って人気色の固定概念に囚われないんですね?」
くすくす笑いながらシンクの水しぶきを拭きんで綺麗にする姿を見て、本当に家事得意なんだなぁと感心していると、雅紀が「翔ちゃんっ」と俺を揺する。
「これ!翔ちゃんの!」
真っ赤なそれは確かにこいつらのより一回り大きい。
しっかしウチにこんなスカーフや大人用の弁当箱、あったっけ?
「智がおうちから持ってきてくれてたんですよ。すごいキがきくよね。翔ちゃんとえらいちがいだ。」
和は嫌味しか口に出来ないのか?!
つーか俺の思考読んで話振るのやめろ?!
それに大野さんの名前呼び捨てすんな!!!
「す、すみません!こいつ生意気で。それに…使っていいんですか?」
「え?いや、んふふ、嬉しいですよ。スカーフは前のバイト先で使ってて、余ったやつ貰ってたんです。もし良ければ使って下さい。」
「あ、なるほど…ありがとうございます。」
はぁ。
なんて理想的な朝の光景…。
結婚なんてあんま興味なかったけど、子どもがいて奥さんがいて朝飯作ってくれて…
そんな何気ない日常が幸せなんだろーなぁ。
…その為にはまず女を作らなくては。
「あの、大野さん」
「はい?」
「初日から申し訳ないんですが…今日少し遅くなっても大丈夫ですか?飲み会に誘われてて。」
今から翼誘うんだけど。
残業で8時くらいに上がるとして、そっから狩りに行くわけで…初日からは流石にやりすぎ?
でも…俺は一刻も早くアレから解放されたいんだ!!!
「大丈夫ですよ!皆しっかりしてるから色々教えてくれますし。楽しんできてくださいね!」
「ありがとうございます!!」
若干良心は痛むけど、悪いが俺は雇い主だ!
それくらいの権利はきっとある!!
「翔くん…きょうおそいの?ざんぎょー?」
潤が寂しそうな顔で俺を見上げる。
うっ…そうか、こいつ俺の事好きなのか…
この年齢は男とか女とかあんまないんだろうな…
更に後ろめたい……。
「翔ちゃんは今日はおさけのむんだって!ツキアイってやつだからガマンしようね、潤!」
雅紀がこれまた信じて疑わぬ顔で潤の背中をぽんと叩く。
ぐああああ~、やめろー!
俺の良心えぐんな~!!
「…翔ちゃん…アサガエリとオモチカエリはかんべんしてくださいねー。まーくんと潤のキョウイクにわるいんで。」
ギクーーーッ。
な、何でそんな言葉知ってるんだこいつは…。
そして何故バレている……?
俺は2人よりお前の教育の方が心配だよ……(T-T)
「あ、皆、もう出る時間じゃない?」
「ほんとだー!今日はさとちゃんと行けるのかー楽しみー!」
「ほんとすみません…」
「いえいえ!」
雅紀だけでアイツらを幼稚園まで連れってもらってたけど、大野さんが送迎してくれることになったのだ。(危ないからと提案したのは大野さんの方。)
俺は一体いくらこの人に払えばいいんだろうか。
甘えてばっかで要求が増えすぎないよう気をつけないと…(しかし今日の飲みは譲れない)
「ねー智、いってきますのちゅーは?」
はっ?!
「え?いつもしてるの?」
「うん、おうち出る前に。ほっぺたにしてる。」
初耳ですけども?!
俺に一度もそんなこと言ってなかったよな?!?
「じゃぁ…行ってらっしゃい!」
ちゅ、と大野さんが和の頬に当てる。
「ボクもっ」
「元気で行こうね!」
潤にも。
「俺もーーーっ!」
「んふふ、勿論!」
雅紀にも。
「えへへ♡さとちゃんのくちびるやらかいね♡じゃ翔ちゃん!いってまーす!」
「「いってきまーす!」」
「あ、櫻井さん、朝ご飯適当に作ったんで食べて下さいね!お皿は置いといてください!行ってきます!」
「あ……いってらっしゃい。」
和と潤を両手に繋ぎ出ていく大野さんを見送る。
パタンと閉まるドアは何だかいつもよりも厚く感じる。
な……
なんか………
ちょっと寂しいじゃねぇか。
くそ。
いいもんねーっ!
俺は今日翼と清楚系エロ女を狩りに行くんだもんねーーーっ!!
別に寂しかねぇし!!!
でも…
本当は、俺が一緒に手を繋いで
アイツらを送って行けるのが一番……
ガチャ、と突然ドアが開く。
「えっ?!」
「ちょっとまっててね…!忘れてた!」
慌てて大野さんが何かを取りに来る。
と、思いきや。
ちゅ。
…俺の頬にも。
「櫻井さん、お仕事行ってらっしゃい!」
ふわり、シャボン玉が飛ぶような笑顔で笑われて。
大野さんがバタバタと出ていった。
…いやいや。
俺、29なんですけど……。
19の、しかも男に行ってらっしゃいのキスされるってどんだけ……。
そして不意打ちすぎてドッドッドッと心臓が早鐘打ってるのもどんだけ……。
なんか無性に恥ずかしくなってきて、洗顔に向かった。