【Side 大野】
16時前。
仕事が一段落してコーヒーショップに行くと、美礼さんが電話を受けていて。
「はい、わかりま…あ、大野さん!…あ、すみませんつい…え?はい、わかりました。うふふ、助かります。」
美礼さんが笑いながら電話を切る。
「どうしたんですか?」
「いえ…実は今セキュリティ一センターから注文が入ったところなんですけど。山際さんが、大野さんの名前聞いたら『そこのおじさんに運ばせて下さい。どうせ根詰めがちだから散歩でもさせてやりましょう。』って(笑)」
もぉ、山際さんめ…(笑)
辺りを回して監視カメラを見つけ、仕方ないって顔を作って両手で〇のマークを見せる。
仕事は一区切りついてるし、実際気分転換したかったから助かるんだけど。
「分かりました、お使いします(笑)山際さんの分、先に払っときますね。僕もブレンドお願いします。」
「まぁ、ありがとうございます!」
お金を二人分渡すと、美礼さんがニコニコとコーヒーを準備する。
「先に大野さんのコーヒーお渡ししますね?」
「助かります。今すぐ一息入れたかったから。」
「ふふ、根詰めてたの、正解なのね?」
「はい。定時で上がりたくて…いつもより倍速で仕事してたんですよ。予定より早く終わりましたけど疲れちゃって。」
「あら、デートのご予定?」
「……はい、そんなもんです。」
櫻井さんとの予定ではないし、約束をしてる訳でもないけど。
大きく伸びをして深呼吸をする。
コーヒー豆の匂いは芳ばしく、張り詰めていた気持ちが落ち着いていく。
「…そういえば。聞きましたよ。櫻井さんだったんですね、大野さんの恋人。」
美礼さんが俺に背を向けてカップを準備していたけど、ハッと気付いて心配そうな顔で俺を振り返る。
「…あ、ごめんなさい!噂で…こんなデリカシーのないこと言っちゃって、私ったら…」
「いえ、大丈夫ですよ(笑)…そうなんです。無事、番になれました。」
「まぁ!おめでとうございます!」
「ありがとうございます。色々問題はありますけど…やっと安心出来ました。」
乗り越えたものも。
まだ乗り越えてないものも。
櫻井さんとのことは、全てが大切な、なくてはならないもの。
そう思えるのは…きっと、相手が櫻井さんだから。
マイナスなこともプラスに変えてくれる人だから。
最後の砦は…御両親は、すごく高い壁だけど。
乗り越えてみせる、なんて。
柄にもなく強気で考えてしまう。
「…分かります。」
美礼さんは苦笑しながら項を抑える。
もしかして、美礼さんもアルファと番なのだろうか。
しかし…
薬指に指輪はない。
噛まれた後で捨てられたとなれば触れられたくない話題になってしまうから、噛み跡があったとしても指輪をしていないオメガに迂闊に結婚しているかなどは聞けない。
もう年齢的にヒートは無いと思うけど…
平坦な人生ではなかったのかもしれない。
「…はい、お待たせしましたっ!まずは大野さんの分。」
「ありがとうございます。」
猫舌だから、フーフー冷まして啜ると…うん、やっぱりここのコーヒーは美味しい!
「はぁ~生き返る。」
「うふふ、死んでたみたいな言い方ね?」
「確かに(笑)疲れてはいましたけど…今日は充実してましたよ。とっても素敵なこともありましたし。」
「うふふ…だからそんな幸せそうな顔されてるのね。」
「顔に出てます?」
「とっても。」
美礼さんが肩を上下させクスクス笑う。
ああ、恥ずかしい。
だけど…出ちゃうよ、そんなの。
昼間の、襲われると勘違いした4人のことを思い出す。
あの後、4人は松兄のとこへ行って「信用されないとは思うけど一緒にやらせてください」って頭下げてくれて。
俺を見て大丈夫か?って目で聞いてきたから、うんって力強く頷いて。
松兄はもうあんなこと二度とすんなよ、って一喝して、企画推進部の関係者リストに4人を入れてくれた。
企画として正式に立ち上がれば、チームを組むことになる。
ゲームは会社には言わず水面下で動いてるから、仕事外だけど。
これはニノと会って役割分担して…ってことになるだろう。
「…櫻井さんも含めて…大切な人達に、たくさん守ってもらって。仲間や味方が少しずつ、増えてくのを感じるんです。」
見えない絆。
朧気だった計画が形になっていく。
手応えとして実感出来る程に。
皆の手で、確実に進んでいく。
「…皆がフォローして、力を貸してくれて、支えてくれる。俺は無力で何も出来ないのに…いいのかなって位幸せです。」
美礼さんは山際さんの分のコーヒー豆の袋を置き、こちらを振り返る。
緑色のエプロンがひらりと揺れる。
「あら、それは」
目尻に皺を寄せ、にっこり笑う。
「大野さんが大切な人を大切にしてるからですよ。そうに決まってます。」
その言葉に何だか、すごく胸が温かくなって。
そんなことないのに、清々しく断言する美礼さんの言葉はスっと吸収してしまう。
噂も色々聞いたはずなのに、態度を変えずに接してくれる美礼さんの優しさに心が救われる。
「…ありがとうございます。」
何だか泣きそうになって小さく呟くと、
「こちらこそ!私や昭くんとこれからも仲良くして下さいね!」
と明るく答えてくれた。
コーヒーの味が、いつもより少しまろやかに感じた。