『条件があります。』
椿さんに声を掛けられた、あの日の条件。
…クリスマスイブ。
この日だけは、休みが欲しいと申し出た。
もしも、もしも…
相葉ちゃんが俺と会って、それでも誕生日の約束を果たそうと言ってくれるなら
俺はこの日の休みだけは死守しなくてはならない。
そう思ったからだ。
まさか、その翌日に、入れ替わりに6年の時差があることを知ることになるとは夢にも思わずにした提案。
でも、それは結果的に俺に好都合だった。
休みをもらって、1人でディズニーを回るから。(…そうだよ、不審者扱いされてるよ。)
勿論、今は相葉ちゃんと誕生日デートが出来るだなんて夢みたいなことを信じてるわけじゃない。
でも、一番可能性のあるのはこの日のこの場所だ。
ダンサーだとショーはいくつもあるわけで、しかも待ち時間もメイクや衣装のせいで裏で待機で自由に出来ないから、相葉ちゃんがいても気付かない確率が高すぎる。
相葉ちゃんを信じる。
俺の事、きっと見つけてくれるって。
そう決めてたけど……。
日が経つにつれ、
誰と一緒でもいい。
隣にいるのが、恋人でも、何でも。
一目、見たい。
声なんて掛けられなくてもいいから。
そう思うようになって。
普段休みの日は、インドアな俺にしてはなるべく外に出てるけど未だに出会えない。
当たり前だ、東京というだけで探すなんて、無茶だ。
好きな芸能人に会えるかって、そんなの普通、無理じゃん。
しかも相手は俺の顔も名前も仕事も知らないわけだから。
可能性なんて皆無に等しい。
だけど彼の誕生日なら。
誕生日にココに足を運ぶ人は、案外いる。
相葉ちゃんは、智に…いや。
…『好きな人』に、それを望んでいた。
だから、この日に賭けている。
誰かと腕を絡ませて、ピカピカの笑顔で来るんじゃないかって。
彼が無理でも、俺なら一方的に見つけられる。
だって俺は、彼の声も、顔も、名前も…全部知ってるから。
そう思い続けて迎えた、3回目の10月に入ってすぐのことだった。
『12/24、どうしてもキャストが足りないんだよ。ダンサーじゃなくて、園内案内のキャストとして出てもらえないかな。…ニノがこの日だけはダメって言ってるって聞いたけど…俺からのお願い。頼む!』
風間にそう頼まれて、俺は少し迷い、だけど大丈夫だと頷いた。
園内案内であれば、俺が休みをもらってパークを徘徊するのと大差ない。
それに…友人の困った顔は見たくなかった。
風間は俺の快諾にほっと頬を緩ませた。
…別に、全部が全部風間のためじゃないけど。
俺的にも都合がよかっただけだけど。
「しっかし…2ヶ月後のシフトとかもお前が管理してるなんて、大変だね。」
「まぁ…イブだしね。恋人達の夜なわけだし、皆さんその日だけは休まないとって必死なんですよ。」
「ショーの企画に準備に、スタッフのシフト管理まで…お前ほんっと社畜だよなぁ。」
廊下ですれ違ったあの日から少しして、風間はたまたまショーの担当になって。
こうやって話す機会がたくさん出来て、仲良くなったってわけだ。
「うるさいな、好きでやってんだから放っといてよ(笑)それに…俺を誰だと思ってんの?あの松本さんにチーフ任されてる風間俊介様だよ?」
「うっわーーー。言ったよ、自分で言っちゃったよーーこの人。はい引いた~。ドンッ引きだわ~。コワーー。」
「お前の真似しただけだろ!(笑)」
クスクス笑いながらお互いに小突き合う。
「…お互いイブになんの予定もないとはね。」
「情けねー!」
そう。
これは予定ではない。
俺に残る唯一の希望だ。
それに、俺からしたらもう3年。
向こうからしたら、既に9年。
もう多分──
俺の事なんて忘れてる。
そりゃそうだ。
そもそも、出会ってもいないんだから。
智達は会えただろうか。
櫻井さんとは連絡を取り合っていない。
お互いどちらかが見つかったという報告は、喜ばしいことだけど手放しで祝福出来るかと聞かれれば別問題だ。
だから、会えたという報告はしないでおこうと決めた。
智には会いたいけど、まずは相葉さんを信じて待たないと。
…そう思ってたけど…。
諦めの悪い彼だって、流石にもうこだわる理由がない。
時代は進んだ。
だってさ、9年だよ?
木の棒なんてもうとっくに捨てて、バーナーで火をつけることを覚えたはずだ。
…よっぽどの馬鹿でなければ。