「会いたかった……っ」
ぎゅっと背中に手を回されて。
涙がボロボロと溢れる。
ああ、翔くん。
逢いに来てくれた。
おいらの残したあのメモで、あの絵で
ちゃんと迎えに来てくれた。
信じてて、よかった。
待ってて、よかった。
大好きな人に、やっと巡り会えた。
「遅いよ、っつーのは…智が…俺に言うべきだろ?」
おいらを抱き締めたままの翔くんが言う。
「…どうして?」
「だって、3年…いや、9年も待たせた……。」
自分を責めるような苦しげな声に、ううん、と首を振る。
辛くなかったって言ったら嘘になる。
だけど、トラウマなんて簡単に克服出来るものじゃない。
正直、あと何年もかかるかもしれないって、そう思ってたくらい。
「翔くんなりに、急いで…来てくれたんでしょう?あんな長いフライト距離なのに…。」
ぐすっと鼻をすすりながら、笑う。
乗り換えがあるとは言え、かなりの距離だ。
「…うん。頑張った。これでも、やれるだけ飛ばしてきたつもりだよ。こんだけかかったけど…俺は全部終わらせて、全部始める準備をしてから来た。だからもう、大丈夫。」
「んふふ。何それ。」
「智。結婚しよう。」
えっ?
予想外の言葉に驚いて体を離す。
カチャン、とテーブルの上のソーサーが音を立てる。
「俺、親父達と縁切ってきた。教員免許もとったんだ。智がフランスで生活したいなら、日本語教える教師。日本に帰るなら、国語でも数学でも英語でも社会科でも…何だって教えていける。飛行機の克服以外の時間、全部勉強に当てたから。」
翔くんが教科ごとに指を折り曲げ、不敵に笑う。
「だって…どうして?そんな、家族や国を捨てるなんて…会ってもないおいらのために何でそんな…」
「智と一生一緒にいたいからだよ。」
翔くんはふわりと笑って、大きなバックパックから大切そうに布に包まれたガラスの靴を取り出す。
S&S。
イニシャルの刻まれたガラスの靴が、曖昧な空の色を取り込むように色を変えて、輝く。
そして、おいらの前で跪く。
「シンデレラ。言いつけ通り、自分の足で貴方の元へとやって参りました。私と結婚して下さい。」
恭しく頭を下げる翔くんが、ゆらりと涙で滲む。
「…おいらで…いいの?冴えない、こんな…おいらで……」
「智。違うよ。智『が』いいんだ。智じゃなきゃダメなんだ。
『You can never replace anyone. What is lost is lost.』
…あの絵に書いてあった位だから、訳は分かるよね?智にしか埋められないんだよ。この想いは。」
「しょ…くん…」
「…やめてよ?あんなだいすきって熱烈愛のメッセージ寄越しといて、やっぱ久々に会ってみたら歳とってて嫌とか…」
「嫌なわけないでしょっ!!!!」
今度はおもいっきし首に腕を巻き付け、跪いている翔くんに飛びつくように抱き締める。
「っ、ぶね!」
翔くんがガラスの靴を庇いつつ地面に尻餅をつく。
身体が、ぎゅうっと密着する。
ああ、改めて、あったかい。
初めてなのに、初めてじゃない。
本当の…翔くんの体温。
鼓動。
回された腕の力強さ。
おいらをすっぽり包んでくれる逞しい身体。
そして…
「智…キス、していい?」
「あ…おいら、ファーストキス…」
「違う。…4回目だよ…。」
…唇。
ヒュウーーっ!
わー!!!
Félicitations(おめでとう)!!
口笛や拍手と共に通行人やカフェのスタッフが囃し立てる。
驚く翔くん。
フランスは同性愛についてとても理解があるから、好奇の目じゃなくて、祝福のそれ。
目を丸くしてる爽太くんの姿もちらりと見えたけど、気にしない!
そっと離れると、翔くんが眉を顰める。
「…甘ぇ…。」
「んふふ…。翔くん、大好き!」
今度は翔くんの開いた足の中で膝立ちして
おいらから両頬を持って、上からキスをした。
幸せすぎるからかな
もう、野次馬の声は聞こえなかった。
バサリ、スケッチブックがテーブルから落ちる。
開いたページには、2人の笑顔。
優しい翔くんの笑顔と、生まれて初めて描いた自分の顔──。
全てを知って、一番最初に描いた、絵。
願いを込めた、1枚。
ああ、
やっと出逢えた。
やっと触れられた。
会いたかった。
声が聞きたかった。
顔を見たかった。
何より、おいらを認識して欲しかった。
翔くんは来てくれた。
こんな遠い地まで。
おいらとの今後の生活まで考えて。
ねぇ、ニノ
ニノのおかげだよ
ありがとう
やっぱり
運命は
人生は
人の力で、変わる。
どうとだって、変えられるんだ。
遅いとか、早いとか、
そんなの、関係ない。
変えたいと思えば
変わるんだ。
「…返事、聞いてないんだけど?」
野次馬が去って、帰り支度をしている時、翔くんが不安そうに片眉を上げる。
へ?と返すと、翔くんがいつかの時みたいにまた1人で焦り出す。
「…結婚の!え、まだ早かった?付き合ってくれとも言ってないのにプロポーズってやべぇ奴?いやでもそれくらいの気持ちで告白っつーか…いずれ結婚するっていうさ、あーーーまたやらかしてる?俺。マジで変わってねぇな、呆れないで、嫌わないで!頼む!!」
パン!と手を合わされて、ようやく言葉の意味を納得する。
「…あ、そっか!…勿論っ!おいらで良ければ、翔くんの隣に一生いたい!よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げると、翔くんがふっと笑った。
「…遅いよ。」
また優しく、抱き締められる。
おいら達を赤く照らす黄昏時が、終わろうとしていた。